第23話 秋山家訪問


 数分後、門にスーツを着た一人の誠実そうな男性が門を開けた。


「初めまして。あなたたちが紅葉さんのお友達ですね?」


「はい。そうです」と、春風が代表して言った。


「私、秋山修造さんのマネージャーを務めさせて頂いている内田と申します。どうぞ、中へ」


 僕たちは内田というマネージャーに誘導され、中へ入った。マネージャーが家のお手伝い? と、疑問を感じたがとりあえず、古風溢れる豪邸に入ることに。


「あの、秋山……じゃなくて紅葉君と修造さんはどちらに?」と、僕は言う。


「紅葉さんは剣道の素振りで汗を流しています。修造さんは今朝、急用で出かけられました」


「えーせっかく修造さんに会えると思ったのに」と、春風は残念そうなリアクションをする。


「安心して下さい。もうじき帰ってくる予定ですので在宅中には会えると思いますよ」


「本当ですか? 良かった」


「紅葉さんから聞いています。ずっと修造さんに会いたい友達がいると」


「はい。それ、私です」


 春風は手を挙げながら言う。


 友達というより彼女が会いたいのではと僕は心の中で思う。ひょっとしたら結婚の挨拶かもしれない。いや、いくらなんでもまだお互い十六歳だからそれは早いか。僕は自問自答を繰り広げていた。


「それより、紅葉君はなんで素振りなんかを?」


 下の名前で言いにくさがありながら僕は聞く。


「日課ですよ。毎朝やっているようですし、休みはずっとやっていますよ」


「へー意外。あいつそんなことをしているんだ」と、僕は驚きながら言った。


 ガタイがよく筋肉質な理由が分かった気がする。


「道場はこっちですので案内しますね」


 内田は秋山のいる道場まで案内した。


 それにしても何もかも広い。庭も廊下も部屋の中も何もかも広いのだ。

 歌舞伎俳優の秋山修造とは僕は存じていないが、ここに来る前のバスの中でウィキペディアから調べてさせてもらった。


 秋山修造あきやましゅうぞう。四十八歳。日本を代表する歌舞伎俳優の一人。十七歳で歌舞伎俳優としてデビュー。歌舞伎だけではなく舞台やテレビドラマ、映画、CMなどその活動は幅広い。現在も現役で活動しており、見ているだけでも大物有名人と見て取れた。


 その実家ともなればこれほどでかい家に住んでいるのも納得である。本当、世の中おかしい。僕みたいな庶民がこんな家に入れるなんて一生ないのかもしれない。改めて秋山の凄さが分かった。


「いやー広いね。迷子になるくらい広いね。やっぱお金持ちの家って夢があるよね」


 春風は能天気なことを言っているが、言っている本人も充分豪邸に住んでいるのではと僕は突っ込みたくなる。

 秋山の家が和風なら春風は洋風の家だ。

 どちらもそれぞれの味が出ている素晴らしい家になっている。

 まぁ、春風に関しては一時期、家庭問題もあったが、羨ましいとは言えないのだろう。あれから仲良くしていると聞くが、またいつ夫婦ケンカをするか分からない。


「ここです」と、内田は道場の入り口に立ち止まり、襖を開けた。


「紅葉さん。お友達が見えましたよ」


「四百八十一、四百八十二、四百八十三……」


 そこには上半身裸で竹刀を振っている秋山の姿があった。全身汗で蒸気がこちらにも伝わってきそうな熱気だった。


「おう! お前ら、悪いな。五百回までやり切るって決めているんだ。もう少しで終わるから客間で待っていてくれ」


 そう言うと秋山は素振りを再開した。


「案内します」と、内田は言う。


「ごめん、先に行っていて」と、春風は言う。


「春風、どうかしたか?」


「うん。少しだけここで見学していてもいいかな? 秋山君」


「好きにしろ。そんな面白いものじゃないけどな」


「沙夜。僕たちは客間で待たせてもらおう」


「はい。分かりました」


 僕は空気を読んで沙夜を連れて離れた。


「ところで内田さんはどうしてこの家の手伝いを?」


 僕は尋ねた。


「修造さんは多忙な人です。スケジュールは私が管理しているんですが、何かと傍にいないと不自由な点が多くて。毎日とは言いませんが出来る限り、一緒に行動する為にこの家で居候も兼ねています。だからその分、お手伝いもしていると言う訳です」


「そうなんですか。大変なんですね」


「いえいえ。本当に忙しいのは修造さんですよ。私はただのマネージャーです」


「あなたは素晴らしいマネージャーさんです。仕事熱心はとても素晴らしいことです」


 沙夜は褒めた。


「ありがとうございます。どうぞ。こちらでくつろいで下さい」


 案内された部屋は二十畳程あるリビングだった。このように広いとどこに腰掛けたらいいのか悩んでしまう。

 沙夜は三人掛けのソファに身を投げるように座る。僕も沙夜の横に座ることにした。


「私は今、とても落ち着きません。そもそも、人の家に上り込むという行為事態、私にはない経験だからです。私は本当にこの場に居てもよろしいのでしょうか。不安いっぱいです」


 無表情で遠くを見ながら沙夜は言った。


「今回に関しては珍しく同感だ。僕も正直、落ち着かない。なんて言ったって有名人の家だからな」


 周囲を見渡すと、動物の置物や高そうな家具なんかもあり、変に動き回って壊す訳にもいかないので動けなかった。

 ガッチャっと無言で春風は部屋に入ってきた。


「おう。春風、秋山は?」


「あぁ、うん。シャワー浴びてから来るって」


 その口調は物静かであるが怒っている訳ではない。

 どちらかと言えば、照れているような感じである。

 そこから察するに秋山と何かあったのは間違いなかった。

 気になる。非常に気になる行動である。


「あなたは何故、身を縮めているのでしょうか?」


 沙夜は春風に向かって聞いた。この空気が読めないところが今の僕としては好都合である。


「いや、その……」と、春風は口籠もる。


 その反応はどういう意図があるのか、続きの言葉を待っていた時だ。


「皆さん、お腹が空いているでしょう? 食事の準備が出来ているのでどうぞこちらへ」


 春風が言いかけたその時、内田が春風の後ろから声をかけた。

 良いところ邪魔されてしまった。

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