第22話 遊びの誘い
「ねぇ、夏宗君、ちょっといいかな?」
昼休み、僕は春風に呼び止められた。
「な、何?」
春風に声を掛けられたことにより緊張が高ぶった。
まだ昨日の光景が頭に残っている。
「今度の日曜日、暇……かな?」
「え?」と、これはもしかしてのフレーズにドキドキする。
「あ、ごめん。暇って言い方だと困っちゃうよね。もう後、数ヶ月の間にはテストとか部活で忙しくなると思うの。夏休みになれば秋のコンクールに向けて演劇部もより本格的に活動するでしょ? だからその前に少し楽しんじゃおうと思って遊ぼうかなって思っているんだけど……」
この流れは、ひょっとすればひょっとするのではと妄想が更に膨らます。
「皆で秋山君の家に行ってみない? ほら、秋山君のお父さんはあの歌舞伎俳優の秋山修造さんでしょ? 私、一度でいいからお会いしたいと思っていたの。それに秋山君の家って凄い豪邸なんだって。やっぱり有名人のお宅ってそうそう行けないし、一生に一度もないようなこんなチャンス見過ごす訳にはいかないと思わない?」
春風は目を輝かせながら言った。
僕はその圧力に押されて「そうだね」としか答えられなかった。
「実はもう許可はとってあるんだ。ただ、私一人で行くのは不安だし、夏宗君もどうかなって思って。それと冬月さんにもどうかなって思うんだけど、いいかな?」
要は付き合いたてで何となく家に行くことになってしまったが、一人では心細いということで僕たちを誘ったという流れを掴んだ。あくまでも利用されているとしか思えないが断る訳にもいかず、僕は承諾してしまった。
「ありがとう。じゃ、今度の日曜日にお願いね。冬月さんも大丈夫そうかな?」
「まぁ、あいつはどうせ何もやることはないだろうから大丈夫だと思うよ」
そんな訳で僕と沙夜は春風の誘いの元、休日に秋山のお宅訪問をすることになった。
そして、約束の日曜日の十一時に家を出た時である。
「おはようございます。私はこうしてあなたが現れるのを今か、今かと待っていました」
そこにはいつも通りの沙夜の姿があった。
スキニーのジーンズに黒のTシャツで私服は地味だった。
沙夜は服装にこだわりはあまりないのであるものだけで着こなしてしまう。
おまけに化粧もせず、髪も何も結ばず自然体のままである。
沙夜にとってお洒落という言葉は無縁なのかもしれない。
「いい加減に呼び鈴くらい鳴らしてくれよ。毎回、いつから居るか分からないから常に窓から外を眺めることになるだろう」
「私は好きで待っているのです。今更、変えるつもりはありません」
「そのこだわりは何? 僕には全くもって理解出来ない」
「それよりも、何故、私まで行くことになったのでしょう? 私は気が済むまで睡眠を取りたかったというのが本音です」
「嫌なら来なければ良かったのに」
「あなたがどうしても来なければならないと、来ないと世話役を辞めますと脅しを掛けられたので仕方がなく……」
「そんなこと一言も言ってないから!」
家が隣同士である僕と沙夜は当然ながら目的地が同じであれば一緒に行くことになるのは鉄則である。僕たちは春風と待ち合わせる為、秋山が使う最寄り駅で待ち合わせることになっていた。
「夏宗君、冬月さん。こんにちは。相変わらず行動を共にしているんだね」
春風の私服はミントグリーンのミニスカートに黄色のシャツの着こなしをしていた。細い足がより尊重されている服装だった。
おまけにいつもと髪型が違っていて編み込みハーフアップだった。化粧もうっすらとしていて別人に見える。沙夜と違って何もかも女の子らしかった。完全にデートに向けた格好に僕はますます疑惑が確信へ変わった。
「制服の時とは違い、お洒落で素敵な格好です」と、沙夜は春風を褒めた。
「そう? ありがとう。やっぱり秋山修造さんに会うんだから身だしなみはキチンとしておこうと気合いを入れたんだよね」と春風は言うが、僕は本心を隠す為のカモフラージュにしか聞こえなかった。
付き合って早々、もう親御さんに挨拶までしに行くとは僕からしたら行動が早すぎると思う訳だ。それ程、二人の関係は親密であるというのだろうか。
「さぁ、ここからバスに乗って三十分。そこから徒歩で十分。長いけど頑張ろう」
春風は意気込んだ。
「え? そんなにかかるの?」
「そうみたい。結構町外れに家があるらしくて毎日通学が大変なんだって。だからずっと行きたいって言っていたんだけど、機会があまりなくてようやく今日行けることになったんだよね」
と、春風は苦笑いをする。
なるほど。普段は学校でしか交流がなく付き合っていても物足りず、たまには思い切ったデートがしたかったということだろう。
手始めに大人数で遊んでそこから二人の時間を築く作戦に違いない。
と、二人はそう考えているだろう。
僕の知らないところで着々と親密な関係が進んでいく中、僕にサプライズで交際報告する魂胆に違いない。
あの決定的なシーンを目撃しなければ気付くことはなかった。ある意味、心の準備が出来て良かったと思うが、一方で複雑な気持ちが僕を支配する。
それから三十分、バスに揺られて徒歩で山道を登ること十分。
ようやく、それらしき建物が僕たちの視界を捉えた。
「ここなのか?」
僕が目にしたのは二メートル程の壁が何十メートルもあり、その奥には時代を感じる瓦で出来た屋根が印象の古風溢れる豪邸だった。道場や剣道なんかの施設みたいな印象が持たれた。
「本当にここが秋山の家なのか?」
「うん。他に建物もないし、多分ここだと思う。電話して確認取るね」
春風はスマートフォンを取り出し、秋山に電話をかけた。
「あ、秋山君? 今、着いたと思うんだけど……あ、うん。はい。分かった。それじゃ」
春風は電話を切った。
「秋山、なんて?」
「今、手が離せないからお手伝いの人を向かわせるって」
「お手伝いって、え? 執事やメイドみたいな? あいつそんな金持ちだったのか?」
僕は驚きの反応だった。
まぁ、この豪邸に執事やメイドの一人や二人居てもおかしくない。
「とりあえず待ってみようか」と、春風は言う。
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