哀愁シンフォニー

第33話

 目を開くと、そこは見知らぬ天井だった。

 というより、天井が高すぎて、変な話、底が見えない。

 いくら見上げど、照明の上を闇が覆っていた。


「随分小洒落たアジトだなぁ、おい」

「ていうか、お城ね。足元の赤い絨毯なんて、もうフカフカよ」

「この長い廊下、一体どこへ繋がっているんでしょうか」


 いつもの淡いスーツに、黒いロングコートを羽織ったクラックが窓の外を覗く。


「でけぇ庭園に噴水まで置いてやがる」

「見なさい! シャンデリアの行列よ! ここで結婚式を開けば盛り上がりそうね」

「白いドレス姿のあなたが言うと説得力がありますね」

アイ、あなたはあなたで綺麗な花束を持って。まるで、親戚の子供が花嫁さんにお花をプレゼントしてくれるみたいよ」

「キー、誰が子どもじゃい!」

「姉さんはあげませんよ」


 僕ら四人は思いおもいの格好で広い廊下に一列に並ぶ。


「とりあえず、ドレスコードはばっちしということで」

「レイ、おめぇだけ普通の服だけどなぁ」

「そんな細かいことより、全員を同じ場所に転送した私を褒めてあげてもいいんじゃない?」

「マイさんだけ、少し離れてて焦りましたけどね」

 花になったマイは、いつものごとく、Ⅰの腕の中で眠っている。

「このお花、もう枯れかけてない?」

「え、嘘でしょう」

「大丈夫です、レイさん。わたしの身から離れない限り、心血を注ぎ続けますから。多少、ぐったりはしてますが、ダイジョウブイ」


 白い布に包まれたマイの色は、少し黒みかかっているように見えた。

 花弁一枚いちまいが、気持ちぐったり垂れかかっている。


「空気が悪いものね、ここ」

 ナナは両手をあげ首を横に振った。

 大気が浄化され、柑橘系のさわやかな香りが吹く。


「うん……。あれ? 何か聞こえる?」

「レイ、どうしたんだぁ?」

「これは……、足音?」

「私には何も聞こえないけど」

「レイさんは貧乏だったので耳が良いんですよ」

「何よ、その遊牧民はみんな目が良い、みたいなロジックは」

「レイ。どこから人の音がするんだぁ」


 僕は廊下の先を指差す。


「あの曲がり角から。誰かが歩いて来てる」

「どうするのよ! 私達隠れる場所なんて無いわよ!」

「窓を破って一旦庭に避難しましょうって、あれ? 何だか画素が粗いような……」


 僕らがわちゃつく間も、敵の音が近づく。


「この足音、何かおかしい。人にしては、音が軽いような。じゃりじゃりって」

「おい、お前らぁ! 時間がねぇ。そこの曲がり角の内側に一列に並べ」


 僕らは全員、クラックに言われた通り、白い壁に背を付け、その場にしゃがみこむ。


「どうするつもり?」


 何者かの足音が長い廊下にこだまする。

 コツコツと、音を立て、じりじりと距離を縮めてくる。


「いざとなりゃあ、やるしかねぇだろう」


 クラックは右手で拳銃を構え、カシャリと鳴らす。


「物騒ですねー。マイさんが静かに眠っていられないじゃないですか」

「敵の本拠地に乗り込むっていうのは、こういうことだろぉがぁ」


 カツカツと音が近づく。

「どうするのよ、クラック! あなたも知ってると思うけど、私は戦闘向きじゃないわよ! いざとなったら私だけでも守りなさいよ!」

「ねえねえ、レイさん。このお城、見た感じ、えらく広いようですが、どうやって維持管理をしているのでしょうか。掃除だけでも大変大掛かりですよ」

「てめぇら、頼むから静かにしてくれねぇか」


 敵が近づいていた。

 クラックはL字のハンドガンを顔の前で立て、汗を流す。

 その後ろでは、純白のドレスを身に纏ったナナが頭を抱える。


「マイさん、もしかしてこのままだとドライフラワーになっちゃうんですかね」


 僕はというと、綺麗は女神と子供の姿に戻ったⅠに挟まれ、淡い熱に邪魔されながらも、敵の音に耳を澄ませていた。


「何だ、この感じ。人間じゃない? でも、拍動は聞こえるし。うーん、どっかで聞いたことあるんだけどなぁ」


 ――一体、誰なんだ。


 僕ら四人の視線は壁の向こう。

 廊下の曲がり角の先に注がれる。

 カンカン。

 厚底が床を叩く。

 敵はすぐそこ。

 僕らの目と鼻の先まで迫っていた。


「お?」


 丸い靴のつま先が姿を覗かせる。


「あら、まぁ」


 続いて、白いレースの入った黒いスカートがひらりと舞う。


「まぁ、お城といえば、そりゃ居ますよね」


 銀色のトレイを片手に持ち、エプロン姿のお手伝いさんが姿を表す。


「ちっ、メイドさんかよ。まぁ、軽くコツイて、先に急ぐかって……、ああ?」


 白いカチューサを頭にのせたメイドが首を振る。


「こいつは……!」


 僕はクラシカルな白と黒の制服に袖を通した、ソレを見て、全てを思い出す。


「何だぁ、こいつ? 何で顔がねぇんだ」


 顔がない。

いや、正確には、顔面が黒く塗り潰されている。


「――虫、だよ」

 ウジャウジャと蠢くそれは、いつかのゾンビ。

 黒いセーラー服の変わり者が友達と呼んだ人形の異形だった。


「ギャギャギャギャ」


 ゾンビが奇声を上げる。


「随分と可愛くねぇ、メイドさんだなぁ」


 クラックが銃口を合わせる。


「こ、こわいいい」


 大人びたナナは、その様相に似合わず、か弱い悲鳴を上げた。


「クラック、ゾンビに物理攻撃は効かないんだ!」

「何だよ、そりゃあ」


 開幕早々の絶体絶命のピンチに動揺を隠せない僕らをよそに、小さな女神は片手で作った握り拳を、もう一つの手で作った皿の上に載せた。


「なるほど、虫でハウスキーパーさんをたくさん作って、お城のあれこれを管理させてるんですね」


 この女神、この世に及んで家庭的すぎる。

 僕らは四者四様、初めて訪れる敵の城内での危機を噛み絞めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る