第58話
白い雪が無音の空をうめていた。
誰の足跡もない真っさらな大地。
口の中から蒸気が上がり、視界が曇る。
斑に降り積もった氷を、サクサクと踏みしめ、僕は先を急ぐ。
鼻の奥が冷気でツンとした。
「どうして、どうして」
見知った街ができていた。
空白を埋めるかのように、ビルが、道路が、家が作られていく。
「Iが、全部、アイのおかげなのか」
涙がこぼれ、僕の頬をつたい、顎から落ちる。
氷の上が黒く染まる。
「アイ、お願いだから、帰って来てくれよ」
靴底が冷気を吸って、つま先を重くした。
「僕はただ、ただ、君に」
膝がすべって、言葉が詰まる。
僕の命を生き返らせるために払った対価。
それは僕とマイ以外のすべての命。
両手をアスファルトにつき、頭を垂らして、涙が溢れた。
僕を死から遠のけるために、死屍累々の魂を必要とした。
それでも、僕はマイに会いたかった。
周囲を殺してでも、僕はマイと一緒に居たかったんだ。
だけど――。
「僕らだけが助かったって、もう、意味がないのに」
僕の肩に、背中に、頭の上に、しんしんと、粉雪が積もる。
「僕が悪いのか」
何度も繰り返した思考を、やっと思い出した呪いを、願いを、自分で否定しかけてやめる。
だけれど、口に出さずにはいられなかった。
「僕が――」
己の欲がために、本当に大切なものを、大切になったものを犠牲にしてしまったようで、僕は怖かった。
「――異世界転生を拒否なんて、したから」
堀の中から、家が建ち上がる。
木の柱が一人でに、組まれ、外殻を無垢なモルタルが埋めていく。
僕は、僕が生まれた街の姿になっていく、新星の上で、小刻みに震えていた。
寂しさが胸を湿らせる。
両横に生まれた大きなビル、長い影で僕をなでた。
「アイ、僕はただ、君に」
彼女との時間が、欠片になり、フィルムとなって、僕の記憶を駆け抜けた。
「一緒に笑って欲しかったんだ」
言葉が、雪にとけ、地面に積もる。
激しいビル風が吹く。
世界の再生が、終わり、星がゆっくりと回り出したらしい。
宇宙が一つの爆発から生まれたというのなら――――。
灰色の世界が色づいていく。
今も世界は広がり続けているというのなら――――。
日が昇り、未開封の日々が始まる。
「さぁ、始めましょう――」
小雪が消えて、空から光がさし込む。
赤い傘が、白化粧の中に、ポツンと咲いていた。
「え?」
僕は顔を上げる。
何度も聞いた彼女の声に、肩を震わす。
「――私たちの異世界生活を」
傘の中に、小さな少女が立っていた。
びっくりした? と少女が笑っていた。
「お星さまになった私は、お星様なので、何でもできる超無敵超人になったのです」
「何度よ、それ。今までと変わらないじゃないか」
女神だった少女が僕にウインクする。
星になった少女に僕は抱き着く。
「ちょっと、お姉ちゃんを、外に放り出して、どこかへ、行かないでえ~~」
息を切らしたマイの声が聞こえる。
群青色の髪が雪を引き裂き、僕らに巻きつく。
「くるしいです」
「がまんしなさい。誰かさんが雪なんて降らすから悪いのよ」
「ゲレンデ効果を出そうかと」
「「古っる」」
僕らは笑う。
少女と一緒に声を弾ます。
星になった少女の上で、僕ら家族は同じ時を刻む。
ずっと、これからは一緒なのだ。
「手をつなごう。もう、どこかへ行ってしまわないように」
ええ。そうね。と言って、彼女達は僕の両手を長い指で包む。
人の温かさ、心を震わせた。
「異世界転生なんて、もう、しなくていいや」
それが、僕の結論。
僕ら家族の決断だった。
異世界転生を断った僕は、異世界で義理の姉と生活します りんごちゃん @Applepleplechan
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