第28話


 星に照らされた群青色のツインテールが夜空に曲線を描く。

 灰色のパジャマに小さな枕を胸元で抱いたその姿に、思わず目頭が熱くなった。


「姉さん!」

「きゃっ」


 僕は階段を駆け上がる。

 マイの胸へ飛び込む。


「もう、急に抱き着かれたら、びっくりするじゃない」

「姉さん」

「なにかね、弟くん」

「ねえさん」

「はい、お姉ちゃんですよ」

「……」

「よしよし、れーちゃん。お姉ちゃんですよ」

「……マイ」

「こんなに涙を流して。傷だらけ。たくさん辛いことがあったのね」

「……うん」

「いいのよ。それで、いいの。お姉ちゃんはレイの全部を受け入れるわ。どこにも行かない。好きなだけ、泣いていいのよ」


 僕は目が覚めたばかりの姉の腕の中で、小雨のように、泣きしきる。マイの胸が濡れて、色が薄くなる。

 マイの温もりが伝わってくる。


「もう、赤ちゃんみたいじゃない。高校生になったんでしょう」


 関係なかった。

 姉に触られるだけで、家族と言葉も買わせられるだけで、心を通わせられるだけで、こんなに幸せなのだから。


「不安と寂しさとわびしさ、孤独の清算」

「なに? 何のことかしら?」

「涙の主成分」

「あらまあ。それはまあ、大変だったのね」


 マイが僕の髪を優しく撫でる。

 僕は、身長なんてとっくに追い抜かした。大好きな姉に、膝をついて、身を寄せた。

 マイと触れ合っているだけで満たされる。

 不思議な充足感があった。


「また、大きくなったんじゃない、レイ?」

「マイは、少し柔らかくなった」

「あらあら、起き抜けの姉に早速セクハラ? レイ、なまいきな口は、お姉ちゃんのお胸で塞いじゃおうかしら」

「言うほど、そんな」

「コラコラ! 偉大な姉に失礼な口をきくのはこの弟か?」

「うう、姉さん、苦しい!」

「ほらほら、素敵なお姉ちゃんを尊ぶのですよ」

「ギブ! 降参です、女神様」

「はい、よろしい。素直なレイちゃんが、お姉ちゃん、大好きよ」


 姉の前では、僕は赤ん坊のように泣いてしまう。

 子供のように甘えてしまう。


「よしよし、私の宝もの。私の大切な家族。愛しい人」


 マイはしばらく、僕を抱いたまま動かなかった。

 分けも分からず姿を花に変えられて、生きているから、死んでいるかも分からない状態から、復活したばかりだというのに。

 マイは僕を何よりも優先してくれる。

 何よりも優しくしてくれる。


「もう少し、甘えん坊なところを直さないとね」

「無理だよ」


 両親に捨てられた僕にとって、マイは姉であり、母であり、父であった。


「そうね、かわいいから、ずっとこのままでもいいのよ、レイ」

「うん。そうするよ」


 そして、マイにとって僕は、少し年の離れた弟であり、守りたい子供のような存在。


「私達じゃ世界でたった一人の家族なのだから」


 僕らは、同時に親を失い、頼るものを無くした者同士。

 僕とマイの血の繋がらない共存関係は、他人から見た深く、歪な共依存のように捉えられるかもしれない。

 コンビニバイトの先輩も僕らが義姉弟って知って、腰を抜かしていた。


「レイ、私の大切な弟」

「マイ、僕のかけがえのない姉さん」


 他者との絆を超え、男女の仲を通り過ぎ、家族愛という大義名分の中で深く溺れていく僕ら。


「レイ、ずっとこのまま。どこにもいかないで。お姉ちゃんのそばにいて」

「……うん」


 いつかは、飛び立たなければいけないとは分かっている。

マイだって、いつかは送り出さなければいけないと、文化の上では、言葉の上では、分かっているはずだ。


「マイは、僕が守るよ」

「レイは、私が守るのよ」


 だけれど、親に捨てられたトラウマか、マイのあまりの温もりのせいなのか。

 姉の底の抜けるような愛情に、どっぷり首までつかり切った僕は、十五歳もそこそこにして、見事、小回りも効かぬ、立派な甘えん坊へと成長したのだった。


「全く、度し難いシスコンね」

「姉さんは、異常なほどのブラコンだ」

「誰が悪いのかしら。お姉ちゃんが可愛すぎるから?」

「僕がいい奴すぎるから」


 異世界の夜を越えて。

 僕ら姉弟はやっとの思いで再会を果たした。

 家族の温度を、取り戻したのだった。

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