第27話
気が付いたとき、僕は白く清潔なワイシャツを着ていた。
「見なれた天井」
僕はログハウスの二階。
自分の寝室で、ベッドの上に寝転んでいるらしい。
「一体、何が――、って、うわっ」
僕はいつものように、身体を起こし、窓の外を見て、時間を確認しようとした。
けれど、僕の上半身は起き上がることなく、左とは逆の方向に捻じれて、バランスを崩す。
「あいたたた」
そのまま、ベッドの下まで転げ落ち、無様に床に四つん這いになる。
「なんでこんな」
ひらりと、シャツの袖が揺れる。
「――」
その中身のない、空っぽの左袖が僕の記憶を蘇らせた。
「そうか、僕の腕は、もう無いんだ」
窓の外から星が見える。
見たことのないカッターシャツから、見知った清らかな何かの匂いがした。
「また、
どうやら僕は、
安心からか、出血多量の貧血からか、僕は気を失ってしまったらしい。
丁寧に巻かれた腕から腕にかけての包帯が戦いの終幕を示していた。
「とりあえず、水でも飲もう」
僕はその場を立ち上がり、再び横によろける。
腕が一本無くなった自分の身体に慣れず、うまくバランスをとることができない。
「これからは、右手だけの生活に順応していかないとな」
女神の力のおかげなのか、不思議と痛みはなかった。
だけれど、心の方は別で、自分が負った消えることのない傷に思いが沈む。
「想像以上にこりゃ堪えるな」
涙は出なかった。
寧ろ、世界を一人で滅ぼしてしまうようなバケモノを二体も相手取って、命が残っている。
変わらず星の空気を吸えている。
幸福な方なのだろう。
「これが、僕の戦いの対価。何もできなかった、弱さの証明か」
分かっていても辛かった。
もう二度と、両腕で、誰かを抱きしめることが出来ないのだと思うと、自分が持っていた平凡が掛け替えの無いもののように感じられ、気分が落ち込む。
「ああ、こんな夜はマイの顔が見たいな」
自分自身でも思った以上に、僕自身は傷心中。
失意の中にいた。
無事だけれども、激戦で傷だらけになった右手で、部屋のドアを開ける。
「静かだ」
廊下は、月灯りが差し込み、銀色の光をまとっていた。
ドアは三つあり、廊下の片側は窓になって、外の景色がよく見えるようになっている。
部屋の割り当ては、奥の方から、僕、I、マイ、そして、一階へ続く階段となっている。
僕は二番目のドアの前を過ぎながら、昨日の大人になったIの姿を思い出した。
はちきれんばかりの美貌と大人びた表情に記憶の中でさえ、ドキリとさせられた。
「これじゃあ、僕が兄のはずが、いつの間にか、美人な姉を二人持つ欲張りな弟になってしまう」
なんか、成長した姿に引っ張られて、中身まで大人っぽくなってたもんな。
戦闘での役にも立たず、精神的支柱にもなれず、ますます甘やかされてしまう。
「僕って、一体……」
自己評価がまた下がる。
僕は渇いた喉と心を潤すために一階の台所へ急いだ。
封鎖された姉の部屋に近づく。
マイとは、ずっと会えていない。
「姉さんはきっと、冷たく暗い部屋の中で夢を見てるのかな」
マイはいま、少しでも長く咲いていられるように、湿度と温度が女神の手によって完璧に管理された暗室の中に安置されている。
「マイ……」
当然、僕は姉の部屋に入れていない。
命の熱で焼かれてしまうマイに、女神の許可なく近づくことを禁じられていた。
こんなに近くにいるのに、会いにいけない、家族に触れられないことが寂しいなんて。
失うまで、気づけない幸せが多すぎる。
「うう、冷たっ」
僕は冷気漏れでる姉の寝室の前に差しかかった。
「あれ?」
階段の奥から、ぼんやりと温かな灯りがにじんでいた。
「誰かリビングにいる? ていうか、昨日、玄関を壊されてからどうなったんだっけ?」
記憶が繋がらない。
瓦礫の山に埋もれたクラックの安否もずっと気になっていた。
僕は最後の扉の前を通り過ぎ、片手で階段の壁をついた。
「落ちないように気を付けないと」
僕はそっと右足を踏み出す。
ギイィッと古い木材のきしむ音が聞こえた。
冷たい空気が僕のうなじを撫でる。
「レイ?」
澄んだ、聞きなじみのある声が聞こえる。
「あっ……」
僕は一目散に後ろを振り向く。
「レイ、よね?」
「姉さん!」
そこには、僕の姉の姿があった。
銀色の光に照らされた、二本の足で立つ、パジャマ姿の、令条マイの姿がそこにはあった。
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