第11話
夜の湖岸というものは、随分と
「素敵な夜景」
外行き用に、ブラウンのサスペンダー付きパンツとTシャツに着替えた
「マイさんも連れてきてよかったですね」
「ああ。見えるかい。姉さん」
僕は
白い布にくるまれた僕の姉は、本物の花束みたいで、本当にキレイだ。
「私達が家を空けている間に、敵の襲撃があってはひとたまりもありませんから」
マイをお姫さまのように、誰かに送る花たばを抱えるかのように運んでくれるⅠに、僕は感謝する。
「ありがとう、僕の姉さんを大切にしてくれて」
「いえいえ、家族ですから」
僕はマイには触れられない。
触れてしまうと僕の体温で、命の熱で、マイの身体を焼いてしまうから。
枯らしてしまうから。
いまは、女神の手の中で、厳重に管理してもらう他に、命を繋ぐ手段はなかった。
唯一の家族の手をにぎれないことが、心を
何もかもが変わってしまった後にしか、気づけなかった。
分からなかった。
僕にできることは、一刻も早くこの状況がなくなることを願うことだけだ。
寂しさばかりが心に募った。
「レイさん、行きましょう」
黒い湖面に向かって歩いて行く。
「
見たところ橋はかかっていなかった。
それに引かれて僕も柵をまたいだ。
「まさか泳いで行くとか」
「いえ、歩いて」
僕は湖に足元から飛び込もうとする
「重っ」
「まあ、花もうらやむ乙女たちに対して、何て失礼な」
「――?」
気が付くと僕は湖の上に膝をついていた。
「すごい、浮いている」
月の灯りに照らされて、水の中の自分と目が合う。
鏡の上に立っているようだった。
「加護が切れると大変ですから、決して私の手を離さないでくださいね」
「もう、せっかく良い雰囲気なんだから。しっかり私達をエスコートしてくださいよ」
彼女の言葉に僕はハッとさせられる。
僕という奴は、どこまで不甲斐ないんだ。
「さあ、行こう」
僕は
彼女たちの腕を引いた。
「ええ。行きましょう」
僕たち三人は、光り輝くビル群を目指して、黒い湖を、数え切れないほどの星々を背後にして、ただただ歩いた。
決して遠い距離ではないけれど、近くもない。
少しの間、僕らは湖の上を黙って、背後から吹き下りる風と互いの心の音に耳を傾けていた。
「そういえば、どうしてこの街には橋がないんだろう」
栄えている水上都市まで陸地からアクセスするには、おそらく、船か何かを使うのだろう。
昼間に会ったクラックも、赤い戦闘機で街から出てきたのだという。
湖岸上で所々に見つけた釣り人たちも、わざわざ送迎船かそれとも自分たちの小船で湖岸までやって来ていたのだろう。
街の規模、工業の発展具合からして、都市から陸地まで、橋をかけることなど朝飯前だろうに。
それに何より、湖の周り、つまり、あんなに肥沃な土のある、恵まれた食糧と資源を採れる森近辺に、僕ら以外、誰一人住んでいないというのは、いささか不自然だった。
「あー、それは、あれですよ」
湖の上を半分ぐらい歩いたところ。
都市の光が少しずつ、僕らを照らし始めた場所で、Ⅰはさもそれが当然かのように、その言葉を口にした。
「きっとこの街は何かから侵略をうけているからですよ」
急にまぶしい光が僕らを包む。
それと同時に、おびただしいサイレン音が街から吹き出した。
「つまるところ、この街は、要塞都市。人類の防衛を目的につくられたのでしょう」
太い光の束が次々と僕らを刺す。
僕らは完全に、都市から出るサーチライトに捕捉されていた。
合点がいった。
だから、都市の周りに橋がない。
敵が易々と大規模侵略を行うための、入口を、足掛かりを塞いでいる。
「じゃあ、いまの状況って」
「ええ、非常にまずいです」
僕と
一度見つかってしまえば、身を隠すことも、すぐさま引き返すこともできない。
「蜂の巣にでも、されなければいいのですが」
都市の中から大きな影が僕らをめがけて、突進してくる姿が見えた。
戦闘機の砲台が、小刻みにうごいて、僕らの影をつかもうとしている。
「こうなったら」
僕は
「レイさん?」
ジリジリと距離を詰めてくる戦闘機。
「
僕はその飛影に向かって、左手を振り下ろした。
「お前を《拒絶》する」
一瞬、空気が凍る。
襲い来る戦闘機は、あの変わり者、赤いミノタウロスと同じように、真っ二つに――――ならなかった。
「え? 僕はお前を《拒絶》する?」
何度も腕を振って、言葉を唱えても、結果は変わらない。
迫り来る戦闘機の影が大きくなるだけ。
「何やってるんですか、こんなときに遊ぶのはおやめなさい!」
「でも、これが僕の対価だって」
「意識のないものに通じるわけないでしょう!」
「え? そうなの⁉」
戦闘機はもう僕らの目の前まで来ていた。
「クソッ!」
僕は咄嗟に、
二人だけでも、守りたかった。あらゆる悪夢から、僕の家族を救いたかった。
「――」
ぶつかる、そう思った。
だけれど僕らは、生きていた。
僕らの上空をすれすれで、飛行機が回避していったようだ。
轟音のあと、戦闘機がすぎ去ったことで、強い風が吹く。
その風にあおられた、僕は暗い湖に、尻もちをついた。
「なんだったんだ」
月をバックに夜空を舞う飛行機に僕は腰を抜かす。
「ねぇ、レイさん。なぜだか知りませんが、あの人、私達に手を振ってますよ」
夜の光を吸いこんだⅠの丸い瞳が、サーチライトの中でゆらりと揺れる。
「もしかして、知り合いですか?」
さっきとはうって変わって、ゆっくりと近づいてくるその飛行機に、僕はどこかで見たという既視感を感じる。
光の束の中に静かに水上着陸したその戦闘機は、ワインレッドで渋く彩られていた。
「まさか」
空気が抜ける。
コクピットのひらく音がする。
「よおぅ。まさか、こんな夜中に湖の上を歩いて散歩してるとはぁ」
その声を、やけに肩幅だけはある、その細身のシルエットを、僕は知っていた。
「ずいぶん活かしたデートのやり方だなぁ、レイ」
「クラック!」
僕はその妙に尖った赤い戦闘機の、パイロットの名を呼んだ。
「おかげで、変わり者かと思ったじゃねぇか」
クラックは、夜風の中に、そう言葉を吐き捨てた。
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