第13話
「つまり、この世界は何者かの侵略を受けていると?」
「ええ、そうよ。しかも、特定の個人あるいは組織から」
「そんなことができるなんて、やはり、あの女神の不始末が原因ですかね?」
「おそらく、
お風呂上りの
濡れた新緑の長い髪が、白いキャミワンピの中で艶々しく輝いている。
「あなたの世界も、終末帝――ドラゴンの凱旋――に巻き込まれたのでしょう」
「なんて、はた迷惑な!」
僕は女神達の専門用語だらけの会話を、ナナお手製ソフトクリームを片手に、レジの隣のベンチに座って聞いていた。
このソフトクリーム、甘いのに後味がさわやかで、ミルクの濃厚さがクセになる。
クラックが絶賛するのも頷けた。
「では、レイさんのお姉さん、マイさんを変わり者たちが狙っているのは?」
「うーん。それがよく分からないのよねー」
ナナは店の奥で、作業台に載せられたマイをまじまじと、頭から足のつま先まで眺めている。
「ため息がでるほど綺麗。女神の私達でさえ見惚れてしまうわ」
「ええ、それはとても、とても分かります。きっとマイさんは、心の澄んだ、花も羨むほどの、実直な人なのでしょう」
僕は少し誇らしかった。
花に変えられても、言葉を発せなくても、マイの魅力が、僕の家族の良さが、伝わっているようで。
姉のマイが褒められていて、それが、自分のことのように嬉しかった。
「あの、マイは元の姿に、人間に戻れそうですか」
僕はナナに譲ってもらった、オシャレ着用の固形洗剤の入ったレジ袋をゆらす。
立ち上がって、この世界の女神を名乗るナナを真っすぐ見つめた。
それこそ、神に祈るように。すがるように。
「まだ、分からないわ」
「そうですか」
僕は力なくベンチに座り直した。
「ただ、手掛かりはある」
その言葉に僕はもう一度顔を上げる。
「あなたたちが、持ってきた、この黒い鱗。実は私達も集めているの」
黒い鱗というのは、かの変わり者、僕らが倒した赤いミノタウロスの遺物。
縮んで跡形も無く消滅した、あの小男が唯一残していった忘れ形見だ。
「この鱗、正しくは
「……龍のウロコ」
あの赤いミノタウロスは、元人間だった。ということらしかった。
人をバケモノに変えてしまう。
バケモノに変わってしまう人。
それは、人の皮を被った怪物なのだという。
それを、人ではないバケモノ、何もかもが人間ではなく、変わってしまった者として、《変わり者》と呼ぶのだという。
「どうして、その
言ってすぐチクリと何かが僕の心臓を刺したような。
そんな、嫌な胸騒ぎがした。
人間から花に変わってしまったマイもまた、かの小心者のサラリーマンから赤いミノタウロスに変わってしまった、《変わり者》と同じだと。
死んだら骨すら残らず消えてしまうのだと言われてしまいそうで、僕はとても、怖かった。
「大丈夫。大丈夫だから、そんな苦しそうな顔をしないで、レイ」
ナナの声は、いつかの
「あなたのお姉さんは、決してバケモノにはならない。変わり者なんかにならない」
「じゃあ、どうして」
そんなに黒い龍鱗が僕の姉を人間に戻す手掛かりになるのか。
僕は、そう目でナナに訴えかけた。
「
「はい、龍鱗を与えられた人間はバケモノに変わってしまうとも」
「その鱗には一枚一枚に龍の力が込められているの。あなた達が持って来てくれたこれは、おそらくドラゴンの角の辺りだと思う」
「何が――」
「つまりね、ドラゴンの鱗には限りがある。力の欠片である龍鱗は、変わり者を生み出すごとに消されていく」
「いつかは無くなる?」
「ええ。レイ、あなた達が持ってきてくれたので五十四枚目。やっとここまで来たわ。三分の二まで、奪い取ってやったわ!」
「――?」
僕は頭にハテナを生やす。
ナナがどうして、そんなに嬉しそうなのか、不敬な微笑を浮かべているのが、分からなかったから。
「龍鱗のはがれたドラゴンは裸と同じ。いまは、ちょこちょこちょこちょこ、ちょっかいをかけるように、私の世界に変わり者を送り付けて来てるけど、それももうすぐ底がつきるってことよ」
「ウロコを全て失った龍は、どうするの?」
「最後の一枚。自分の逆鱗を残して、きっと、奪い返しに来るわ。そのときがチャンスよ」
龍鱗の一枚一枚に龍の力が込められているとナナは言った。
それは言わば、ウロコを一枚剝がれるごとに、本体の力が失われていることを意味する。
八十一枚の内、五十四枚がいま、ナナの店に保管されている。
それは、世界崩壊を試みる龍の力が半分以下まで弱体化されている証だった。
「私はナナ。この世界の管理者。そして、変わり者の撲滅。龍こと――《終末帝》――の滅却を望むもの。私は、私が組織した、外敵に対抗する力を与えた者たちのことを、あの龍すらも手に負えない者たちという願いを込めてこう呼んでいるわ」
ナナは真っすぐ僕を見つめた。
「——《
ならず者。それは、バケモノにならずに変わり者と戦う、勇敢な、為らない者たちを指す言葉だった。
「それって」
「さすが、女神。察しがいいわね。そう、だからこの店の名前は――」
「夢とお金と煙草が揃う、ならず者専門店」
「店主が女神でナナだから、店名が《ラッキーセブン》で、女神のご加護があらんことを、ってか」
店の奥から、革靴が床を鳴らす音が聞こえる。
「ええ、センスがあるでしょう」
廊下の陰から、長身の男が現れる。
「みじんもねぇよ」
クラックはそう言って、ナナの頭を上から手でくしゃくしゃにした。
「もう、何するのよ!」
ナナは怒る。
そんなの意にも介さず、クラックはベンチに座る僕へ歩み寄った。
「なあ、レイ。その終末帝だかドラゴンか知らねぇ、全く陰も姿も見せねぇ、クソ野郎に一泡吹かせてやろうぜ」
クラックは僕を見る。
「ほんでもって、問いただしてやろう。何でこんなキレイな花が欲しいのか。お前の姉ちゃんをお前から奪おうとするのかを」
クラックは僕の隣へ、どかりと、不遜な態度で座り込む。
「なんてったって、ここはそういう街だからな。人類最後の都市、最後の砦。そして、変わり者たちと渡り合うための最前基地――《ラスター・スタンド》――だからよぉ」
そのソフトクリーム、うめぇだろ。
クラックはうなずく僕の横顔を見て、満足げにニヤリと笑った。
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