第48話
「グェ」
俺の胃の奥からみっともない声が漏れる。
「何なんだよ、お前」
俺は自分の肘体よりも半分以上小さい高校生に、見たまんま、ぶん回されながら悪態をつく他なかった。
「これじゃあ、どっちがバケモノなのか、本当に分かんねぇじゃねぇか」
俺がお前を終わらせてやる、なんて啖呵を切った手前、ガキに振り回されてりゃ世話がない。
俺は自嘲気味に口を歪ませながら、眼前のレイを見下ろす。
最も、今や西洋風の真っ赤な竜に化わり果てた俺の表情を決めるのは、アイツしかいないわけだが。
「さてと。どう攻略したものか」
レイは刻一刻と、俺に近付き距離をつめてくる。
「物理攻撃は通じねぇし、遠距離だって、レイの対価でかき消されちまう。せめて、牙で噛みつければ滅ぼせれるだろうが、それも無理だろうな」
両翼もうまく再生しない。
せっかく、鱗を取り戻したのに、地を這わずにはいられないとは、復権も有難みに欠く。
「つうか、レイの権能は意識があるものにしか通じないんじゃなかったのかよ。あの女子高生、虚偽の申告をしやがったな」
そう言い捨てた手前、思考を翻す。
「いや、違うな」
俺は、人間でありながら、黒く塗られて表情も見えない令条レイに目を細める。
「枷が外れちまったのか」
再びレイが右手を挙げる。
何もかもを否定する不気味な手が、空間ごと切り裂こうと、牙を剝いてくる。
「レイ、お前の対価は何なんだ?」
答えはない。
おそらく、俺の声も、誰の言葉も、こいつには届いちゃいないのだろう。
大扉の前で泣きじゃくる、大切な女神様の叫びでさえ――。
「俺は全てを捧げたぞ。この身も、記憶も、魂も。この先もずっと、俺の中の時間を全部、アイツに与えた。それでも届かないお前は何だ⁉」
女神の違いか?
そんなはずがない。
アイツに限って、他の女神に劣るなんてことは絶対あり得ない。
じゃあ何だ?
俺とレイで何が違う。
俺とヤツの何が、この戦力の差を生み出している。
レイが右手を下ろす。
完全に脱力し切ったその掌が大気を裂くたびに、俺の身体が半分に割れる。
斬れるというより、離されるに近かった。
「俺はおままごとのお野菜じゃねぇんだぞ」
まだ減らず口が出る分ましで、部屋の奥からこちらを見ているはずのアイツにも格好がついた。
「そうだ、俺は負けられないんだ」
離れた胴にグッと力を入れて、体を繋ぐ。
壊れた椅子の奥には薄いカーテンが敷いてあって、内側から外の様子を窺えるようにしてある。
元々は、玉座にすわって、ビシバシ指示を飛ばす俺の後ろ姿を見せびらかしたかったのだが、今やバラバラになった木片と冷や汗を垂らす俺しかいない。
不甲斐ないったらありゃしない。
「ああ、どうして俺たちは、道を違えちまったんだろうな」
この言葉は相手に行ったようで、自分に問いかけていたのかもしれない。
自分の覇道に後悔はない。
これは誰が何と言おうと俺の人生であり、自分の意思で選択し続けた道だ。
「だけどなぁ、何だろうなぁ」
レイが再び手を下ろす。
それに合わせて、俺の左後足と尾がとんで、俺は狛犬みたいにケツを着かされる格好になる。
レイは依然、顔を上げることも、耳を傾けることもしない。
小さな肩に激痛を背負って、俺に近付いて来るだけだ。
「お前からこんなに拒まれるのは、辛ぇよ」
レイがまた片手を天にかざす。
もう体をくっつけるのが面倒で、切られた足と尻っぽはそのままにしてある。
次はどこを持っていかれるのやら。
「ジリ貧だな」
竜の姿を保っていられるのもいつまでか。
窮地に陥ったというよりは、処刑台に登っているような感覚に近かった。
何なら、自分でも不思議だが、晴れ晴れとしていたかもしれない。
「おいおい、走馬灯には早すぎるだろ。アイツの前だぞ。ワルな俺でいなくちゃ」
今度は顔半分が持って行かれる。
レイの対価によって、チャームポイントの右眼とドラゴンらしく生やした片角が吹き飛んでいった。
「やれやれだよ。本当にやれやれだ」
迫り来る未成年に牙を出して威嚇しながら、俺は令条レイとのおもいでを思い出す。
「俺は、お前ともっと、話がしたかったよ」
俺の声は届かない。
そんなのは分かっていて、今の言葉、あの頃の、記憶の中のレイに送ったんだ。
「俺とお前は似た者同士なんだ」
嫌に甲高いチャイムの音が脳裏を走っていく。
それこそ、走馬灯には早すぎるけど――。
俺とお前がふざけ合っていた頃を、なつかしさ混じりに、回想するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます