第50話
夜。
彼女が、スー、と可愛い寝息を立て始めたのを合図に、俺はバイトに出る。
俺とアイツが暮らすボロ屋とコンビニまでは、歩いて五分もいらない場所にある。
俺は白いネオンに照らされながら、群がる小バエと仲良く、黒いビニール袋を取り出していた。
「分別ぐらい、ちゃんとしてくれ」
燃えるごみの中に入った缶を素手で取り出す。
チューハイのビビッドカラーに茶色いソースがかかってお金を貰っているとはいえ、毒々しく、不快感が勝つ。
店の外で、誰が捨てたかも分からない廃品を片す合間にも、青い顔をしたサラリーマン達が自動ドアのチャイムと共に、吐き出されていた。
「どうして、おればっか、なんで、どうして」
小男がブツブツと呪詛を唱えて、闇の中へ向かっていく。
俺と同じ歳か、少し上ぐらいで変わらない。
どうして、自分の嫌なことを我慢してまで、窮屈な場所にとどまるのか。
――――俺も変わっているが、この世界のヤツらの方がよっぽど変わっているよ。
俺には黒のスーツが真っ白な死装束に見えて仕方なかった。
ピッ。ピッ。
「お代は、四六五円になります」
「……」
「ポイントカードはありますか」
「……いえ」
「あ、はい」
弁当をスキャンし、白い袋につめて、目も合わない客に差し出す。
レジ台を挟んで、客と俺が高低差のあるドミノのように並ぶ。
「くそ、オレを見下ろすなよぉ。なんで皆みんな、オレを見下すんだよぉ」
――知らんがな。
俺はグズグズと小銭をいじって時間を使う、低身長男に内心苛立ちつつも、白んだ蛍光灯を眺める。
雇われ店長は今日も、バックヤードで倒れていた。
ティロリロリロリン。
結局、今日も客の誰とも目線が合わずに、シフトが終わる。
――ヤツらは何のために生きてるんだ?
休憩室で座って、加熱式タバコで一服する。
吐いた煙が長い龍のようになって、天井に登っていく。
「オレには、アイツとギターがあればそれでいいんだ」
逆光で赤く染まる彼女の姿を思い出す。
俺にとっての、かけがえのないもの。
何が俺の人生を決めるかは、もう、ハッキリしていた。
俺はジーンズの尻に入れた、一枚の写真を取り出す。
「俺はアイツのそばにずっと居られるように――――」
薄手の光沢紙には少しシワが入ってるものの、そのレンズに写した一人の女の顔をしっかり捉えている。
「アイツにこれからも振り向いてもらえるように――――」
長尺のライフルを構えた女の写真。
その群青色の長い髪を二つにくくった彼女の姿は、どこか、アイツに似ていた。
ギィー、と古い金具の音が鳴る。
「アイツが欲しいものは、全て俺が用意してやる」
休憩室のドアが開く。
――そういや最近一緒になるバイトの高校一年生。名前は何て言うんだったっけ……。
穴だらけのスニーカーが沓摺をまたぐ。
――そうだ、レイだ。令条レイだ。
俺は煙を吹かしながらレイを見る。
コンビニの制服姿のレイが俺を楽しそうに見る。
「先輩、またタバコ吸ってるんですか。吸うなら外でって、くたくたの店長に言われてたじゃないですか」
俺はレイの言葉に微笑みをこぼす。
何でもレイにも、自分よりも大切な存在がいるのだとか。
――なんか俺とコイツ、境遇が被っちまうんだよな。
「すまんすまん。大目に見てくれよ、レイ」
俺とレイは二人して笑い声を上げる。
こんな殺伐とした職場でも、コイツと居るときは、何処か楽しかった。
――そうだ、良いことを思いついた。
すべての始まりのゼロと、終わりの龍。
俺とレイは目を合わす。
今度の週末、レイも誘ってどこかに出かけてみるのも、悪くねぇかもしれねぇな。
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