第41話

「さよならだぁ。未だに姿すら拝ませてくれねぇクソ野郎も、すぐに送ってやるよ」


 クラックが床に銃口を傾ける。

 そこには、今にも散って、消えてしまいそうな、少女の欠片だけがある。


「ねぇ、せっかくだから冥途の土産に一つ質問させてよ」

「あぁ? 冥途とメイドをかけて笑わせに来てんのかぁ? 同情なら買いはしねぇぞ」

「は? んな訳ないでしょ。アンタじゃないわよ。そこの花嫁姿で祈りっぱなしの女神様に言ってるの」

「え?」


 急に話の矛先を向けられたナナが、祈禱の最中、頭をあげる。


「もう、ワタシには燃える場所も突き刺す腕もないのだから、フィアンセの怪我の心配もいらないでしょう?」

「まー、それもそうね。クラックが自分勝手に炎の中に突っ込んで行くから、肺やら皮膚やら、心臓やら、全部全部ぜんぶ、私が治さなくちゃいけなかったけど、その必要も、どうやら無くなったみたいだし。なにより、ちょっと疲れたし」

「なんか疲れることしたかぁ?」


 黒い少女に銃先を向けつつも、クラックがナナに茶々を入れる。


「まったく、身体強化されてない人間をパートナーに持つというのは、ヒーラーとしては、それはそれは、大変気が滅入りそうになるんだからね」

「おいおい、気持ちの問題かよぉ」

「ねぇ、もう怪我なんてしないでよ。そのためにいい眼をあげたんだから」

「今回ばかりは仕方ねぇだろ。なんせ相手が見えなかったんだから」

「もー、結局傷だらけのあなたを治すのは私なんだから。気を付けてよね」

そう言って、ナナは少女言葉に従い、祈りをそっと解いた。

「何? 私に聞きたいことって?」


 クラックと語らうときの甘い声とは打って変わり、サッパリとした声がナナから放たれる。


「アナタたち、ワタシから見ても心底お似合いよ」


 互いに、よそよそしく、それでいて、遠慮がない。

 もうこの相手とは二度と会わないという態度が口調ににじんでいた。


「それじゃあ、見ての通り、アナタのフィアンセのせいでワタシの寿命も幾ばくも無いので、手短に質問を。って、もう手なんてないんだったわ」

「あらそう、それが遺言でいいの?」

「違うちがう。今のはジョークよ。これで死んじゃったら、笑い話にも為らないんじゃない」

「冗談にしては、つまらなさすぎたけど」


 で、なんなの? とナナが不愉快そうに話を促す。

 そのリアクションに満足したのか、少女は残った身体で満面の笑みを作った。


「それじゃあ、単刀直入に聞くわ。アナタ、この男から――何を《奪った》の?」


 はぁー、そんなこと、とナナは涼しげな瞳を横に流した。


「記憶よ。あなた達に殺された本物の婚約者の」


 冷たい言葉が悲劇を匂わす。

 別れの気配を彼らに運ぶ。


「それって……」


 僕はクラックを見る。

 少女に銃口を向けたまま、男に瞬き一つせずに、固まっている。


「え? じゃあ、なに? この男は自分が弔っている誰かの顔も名前も分からずに、ワタシ達、バケモノと戦ってるってこと?」


 少女の質問と同時に、僕にもある疑問が浮かぶ。


「まさか、クラックが、よく写真館に行ってた理由って」


 あの狂気のドラゴン、終末帝によって滅ぼされる前の、水上都市での出来事を、写真館での思い出を、僕は思い返す。


「クラックが、街の写真屋さんで、よく恋人との写真を撮るっていうのは。死んでしまった人との今を重ねるための、『遠距離写真』を繰り返し利用していた理由っていのは――――」

「ええ、レイ、その通りよ。あなたが考えている通り」

「でも、そんなの、あまりに、辛すぎるじゃないか」


 僕は敵と対峙し続ける男の姿を見続けた。

 その背中はいつも通り大きくて、頼れて、どこか空虚に、弱々しく感じられてしまう。


「フフフフ……。アハハハ! 傑作じゃない! アハハ! 何よそれ!」


 少女が無い腹をかかえて笑う。

 その、人の悲しみを馬鹿にするような笑みに僕は苛立ちを隠せない。


「何がおかしいんだよ! クラックは、お前達のせいで、一番大切な人のことすら、自分一人じゃ思い出せなくなったんだぞ!」

「そこよ! そこなのよ!」


 少女は依然嬉しそうに、黄色い声で、クラックを嘲る。


「だって、過去を捨てた男が得た異能が、《未来を見通す力》だなんて! とんだ空っぽの願いも、あったもんじゃないわ!」

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