第24話


 強い風が吹く。

 麦わら帽子が宙で揺れる。

 アイは、畑作業用に被っていた帽子だけを、その場に残し、ロケットランチャーのように敵の群れへと突っ込んでいく。


「集団戦? そんなまどろっこしいの、頭を潰せば一瞬で、霞のように、消えますよ」


 アイは音を抜いて、敵へ飛び、空中で反転。

 サンダル姿の片足で、黒の大群に足をつける。


「何でもかんでも数で押し流そうとする。そういう誰かの痛みに耳を傾けないやり方、私は嫌いです」


 女神の蹴りは、人影を払い、変わり者の少女に届く――。

 アイが残した大きな麦わら帽子が、地面に着く。


「パンツまる出しで説教されても、ありがたみに欠けるわね」


――かのように思われた。


「厄介な」


 しかし、アイの攻撃はゾンビたちに受け止められる。

 幾重にも重なった黒い影たちが、くもの巣のように広がり、衝撃を分散させる。

 ネットに深く沈みこんだアイの攻撃も、変わり者の少女を捉えるには、まだ足りない。

 アイは、ひらりとバケモノたちの膜を蹴り、後ろへバク転。

 態勢を整え直さざるを得ない状況に押し戻される。


「ねえねえ、ワタシ、あなたのこともずっと見てたわよ」


 黒い影たちが、網状の姿から、再び群衆に戻っていた。


「気軽に話し掛けないでもらえますか、こう見えても私、女神なので」


 アイは白いワンピースにこびりついた黒い点を煩わしそうに、払いのけている。


「アナタが神様。フフフ、そんなわけないじゃない。だって、アナタだって、ワタシ達と似たようなものでしょう」


 大量のゾンビたちは、重なり、連なり、円弧のようにアイの前に広がる。


「は? いささか、ポジティブすぎでは? 私がお前達と同じだと?」


 それは、女神にとっての、逆鱗だった。

――――《いのれ》。

 たった一言で、空間が曲がる。

 大気が鉛のように、重さを持ちだす。

 小生物の集まりであるゾンビ達は、アイの放った剣幕によって、グニゃりと地面に向かって、凹まされ、両手を地面に着き、跪かされる。


「これが、アイの本気、なのか?」


 女神から放たれる圧倒的強者のオーラ。


「そんな卑怯者なんか、アイ、やっちまえ」


 僕は、アイの優勢を確信する。


「ちょっとピーキーすきない? とってもウケるんだけど」


 けれども、黒い学生服姿の彼女は立ったまま。


 重圧の前でも、潰れず、ヘラヘラとアイの憤りを鼻で笑った。


「………」


 無表情のまま相手を見据える女神。

 口角を耳まで釣り上げるも、目だけは笑っていない女子高生。


「死が睨みあっている、みたいだ」


 あまりの威圧感で、もし、願いが叶うなら、この場を立ち去りたい。

 そう思わせるほどに、二人の少女の立ち合いに心臓を収縮させられる。

 胸の奥底の恐怖が、グツグツと沸き上がらされる。


「あなたが私にどう親近感を得ようが、それはあなたの勝手です。が、あなたほどに私をイラつかせる人間も珍しい」


 フフフと笑う変わり者の彼女に、褒めてないですよ、とアイは冷たく釘を刺す。


「ねえねえ、どうして。どうして、あなたは急に軽くなったり、重くなったりするの」

「は? それ、答える必要ありますか」


 黒制服の彼女はアイの不機嫌さを無視して、質問を続ける。


「さっきの攻撃、ワタシの見た感じだと、地面を踏み出したのと同時に体重をゼロにして、異常な速さを引き出したってところ?」

「………」

「インパクトの瞬間は、逆に身体を重くして、衝突のときのモーメンタムを著しく向上させてる」

「………」

「自分の重さを都合勝手に操作することで、この世の保存則を悪用しているんでしょう?」

「………」

「昨日の夜だって、湖の上を、密度をいじって歩いていたし。何より、その身に宿した、その身の丈以上の身体能力」

「………………」

「その人の皮を被った異形の力――――」


 まるで、ワタシ達、変わり者みたいじゃない。

 アイは、その、不気味な変わり者の少女の言葉に、決して、答えようとしなかった。


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