第23話

「ああ、どうしよう、はやく、早く、レイさんの腕をなんとかしないと。そうだ、まずは血を止めないと」


 攻勢を緩めるバケモノたちの隙を見て、アイが僕を地面に座らせる。


「うっ、ううっ、うう」


 僕は痛みにうなされていた。


「どうして、こんなひどいことに」


 アイは切断された僕の左手を見るや否や、彼女の長いパリス・グリーン色の煌めく髪を数本、躊躇なく引きちぎった。


アイ、ごめん」

「今は話さないで! 今度こそ、死んでしまったら次はないんですよ!」


 アイはくるくると自分の髪を僕の腕に巻き付け、きつく絞る。


「˝あぁっ」


 激しい痛みで肺がショートしかける。

 喉がつぶれそうになる。


「………マイと、クラックを、連れて、逃げ、て」

「もう! こんな時まで自分のことを二の次に! じゃあ、誰があなたを守るんですか!」


 アイが僕を腹から抱きかかえる。

敵の姿を睨みながら、瓦礫の山と化したログハウスの入り口付近まで、ひとっとびで後退し、一旦、距離をとった。


「おい、おまえら。ちゃんと働けよ」


 うずくまっていた黒い少女が、どすりと片足を前に出す。


『ギィィ』


 大地に舐めまわしていたゾンビたちが、びくりと顔を上げる。

 変わり者の少女がゆっくりと、腰を上げて、立ち上がった。


『ググググゥゥ』


 ゾンビの集団も主人である女学生につられる形で、虚ろに立ち、再び僕とアイを包囲せんと、楕円状の列を描く。


「フフフ、ワタシに従えば、アナタたちも仲間に入れてあげるわよ」


 僕とアイに変り者が話しかける。


「言葉とは裏腹に、私たちを袋叩きにしようとしているようですが」


 すでにゾンビたちの戦闘配置は済んでいた。

 アイの即席家庭菜園場を挟んで、死が律儀にも、ずらりと並んでいる。


「あーあ、可哀想に」


 変わり者の少女は血まみれの僕と、僕を守ろうと敵と睨み合う、白い服を着たIを見て、同情の言葉を漏らした。


「ねぇ、自分より優れた人間を、簡単に倒す方法がある、って言ったら、知りたかったりする?」


 このままだと、しんどいでしょう? と黒い少女が言う。


「いささか唐突ですね。何を言い出すかと思えば」


 アイは僕をゆっくりと、玄関口とテラスを繋ぐ階段に座らせた。


「誰にでもいるわよね。敵わない権力者、意地悪ばかりしてくる教師。そんな格上の人たちを自分の手を汚さずにボコボコにできる方法、アナタも知りたいでしょう?」

「さっきから口を開けば、自分の話したいことばっかり。あなた、コミュニケーション初心者ですか?」


 少女の長い前髪が怪しく浮き上がる。


「気に食わない。アナタ、自分の状況、分かってるの?」

「きっもいストーカーたちに取り囲まれてます」

「そうよね、そうよね。絶体絶命ってヤツよね」

「はぁ。まあ、確かに、あなたは私を狂おしいほど怒らせていますけど。それを自分で言っちゃうって。もしかして、どマゾ変態さん?」

「フフフ、数こそが圧倒的正義。どんな強者も、物量には敵わない。突出した才能だって、みんなで潰せば怖くないでしょう?」

「クールな真っ黒セーラー服を着てる割には、随分と偏った思想なんですね」

「出る杭は打たれるの。そう! ワタシみたいに!」

「知りませんよ、あなたが天才かどうかなんて」


 アイと少女の視線がお互いを見据えて、動かなくなる。


「アナタも分かるわ。話したこともない人が、いつの間にか自分のことを勝手に、一方的に嫌っている怖さが」

「ええ、もう十分、同じ言語を話しているのに、言葉が通じない恐怖を理解しました」

「絶望した? 心が折れた? 逃げ出したくなった? 生きていても楽しいことなんて無いって、心の底から思えたかしら?」

「いちいち、会話が成り立たない。来世では国語の授業をマジメに受けてくださいね」

「嫌よ。ワタシ、学校におトモダチ、いないのだもの」


 白いワンピースに大きな麦わら帽子を被った女神。

VS 黒い制服を規則正しく着こなす女学生の変わり者。

 白と黒。

 純真と邪悪。

 二人の華も羨むような少女たちが放つ、過激なプレッシャーに、僕の心は戦々恐々とし、ただ時間が過ぎるのを祈っていた。

 決着の時が過ぎるのを待った。

 空気が止まる。


「いきなさい」


 少女の命令を受けてゾンビの大群が一斉に押し寄せる。

 そして同時に僕の横からアイが消える。


「あなた、謝るタイミング、完全に逃がしましたよ」

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