第31話

「どうしてこうなったんだ――――」


 僕らがたどり着いたときにはもう、水上都市は燃えカスになっていた。


「――――灰色の円錐都市が、一夜でサラ地に」

「私が寝ている間に、街が滅ぼされた――――?」


 僕とアイは、透明な湖の上で、黒い瓦礫の山と化した水上都市を、呆然と見つめていた。


「とにかく、誰か、探さないと。助けないと」


 僕は複数の白い煙が上がる、水上都市だった場所へと、足を急がせる。


「クラックとナナ。それに写真館のおじいさんに、街の人だって。あの都市には、たくさんの人が住んでたんだ」


 昨日の朝と同じ。

 都市外縁。

 燃殻に埋まったレールを跨ぐ。

 時間も場所も同じなのに、朝の喧騒の影はどこにもない。

 それどころか、人間の気配がない。

 耳の中で、生活の音が、しない。

 紛争地域のような、白い戦塵だけがアスファルトの上に重なっている。


「なんでだよ! 昨日はあんなにたくさんの人が。巨大な変わり者の襲撃だって、しりぞけたじゃないか!」


 僕の声だけが、鉄筋むき出しの壁になった、雑居ビルのなれの果てにはじかれ、無意味にこだまする。

 誰の返事も返ってはこなかった。


「レイさん。一旦、ナナのお店に行ってみましょう」

「でも、まだ誰かが息をしているかも。生きている人を探さなきゃ」

「こんなに都市が焼けたのに、有毒ガスの一つもない。きっと彼女は生きているはずです」


 アイが僕の手を引く。

 僕は少女の姿に戻ったアイに連れられ、瓦礫の積もった都市の亡骸を奥へと進んだ。


「あら、無事だったのね」


 ナナがコンクリートの山に足を組んで、天を見上げていた。


「ナナ……。あなたこそ」

「非力な自分が憎いのよ」


 その場所は、ナナのお店があった所。

 三階建てのビルは、見る影もなく、薄い岩のような建材だけが、おもちゃ箱をひっくり返したように、重なり積もっていた。


「清めたって、誰かが居なきゃ意味ないのにね」


 ナナは礼服のような白いドレスに身をまとっていた。


「私がこの街のプリンセスだなんて、笑えちゃう。何も守れやしないのよ、私の加護の力では」

「それでも、空気を洗うことを、都市から溢れる水を綺麗にするのを止めないのは! ナナ!あなたが、この都市を、環境を愛していたからでしょう!」


 ナナは瓦礫の上からチラリとアイを見下ろす。


「死に場所が汚いだなんて、きっとあの子達も嫌でしょう」


 僕らの足元には、大量の武器が転がっていた。


「一度世界を破壊され、迷い込んだ私とクラックを受け入れてくれたのが、この街だった。同じ轍は踏まじと、科学と工業、人類の叡智で打倒できると思ったのだけど。また、負けちゃった」


 空にヒビが入っている。


「この街の人達はどこへ行ったの」

「消えたわ。シュワシュワと、まるで入浴剤が湯船に溶けるように」


 割れた空間の狭間から暗闇が姿を現す。


「始まっちゃったわね。また、一からやり直し」


 深淵が世界を覗いていた。


「好きだったんだけどなぁ、この水上都市と人が」


 それは見覚えのある光景。

 忘れられない惨劇。

 僕が元居た現世が滅びた時と、全く同じ、終焉の始まりだった。


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