第34話
「よく燃えるなぁ、こいつぁ」
僕らが顔を白くする刹那の瞬間。
颯爽と、何かをコートから取り出したクラックは、鋼色の銃口を宙に置く。
円柱状のその噴出口が、黒いゾンビの視線と重なる。
「ゾンビにゃぁ、火炎放射器。昔からそう、相場が決まってんだぁ」
ぶっ放された青い炎。
「グァグァグァグァ!」
「「「――――!?」」」
僕ら三人が驚く間もなく、ガス火に包まれたメイドは、早回しで花が萎んでいくように、見る見るうちに黒く焼け焦げ、最後にぽとりと、地面に首を落としたのだった。
「ゲホゲホッ。こいつぁ、くっせえなぁ」
僕らは、出逢ったばかりのゾンビと、拳を交えることも、逃げ惑うこともなく、淡々と、クラックの冷静な処理により、粛々と、唐突の危機を回避したのだった。
「この男、判断が早すぎる」
クラックは、チリチリに焼け焦げた赤い絨毯の上を、茶色い革靴で踏んで消化する。
その広い背中に僕は畏怖にも似た感情を抱いてしまう。
「おい、いつまで、ビビってるんだぁ。仕事をしろぉ」
男は地面に腰を落とし、俯くナナに額を寄せる。
「ちょっ、え? 何?」
そのまま、襟を掴んで女神を持ち上げ、その場で彼女を横に振った。
「あわあわあわあわ」
焦げ臭いニオイがたちまち澄んだ空気に変わっていく。
「ものを燃やすっていうのは、煙が出ていけねぇな」
「ちょっと、私を消臭剤みたいに使わないでよ!」
グラマラスなドレス姿の女神が浮いた足をバタつかす。
その異様な光景。
クラックは大人びた女神の必死の抗議にも表情一つ変えずに片手でタバコに火を点ける。
僕はそのダンディな所作を見て、目をパチパチさせた。
「この人がいれば、勝てるかもしれない」
僕は黒いセーラー服姿の女学生を思い返す。
彼女は本気モードの大人Ⅰに軽口すら叩けるほどの強者だった。
彼女の必殺技ともいえるゾンビを意図も容易く撃退してしまい、後始末までを片手間にこなすクラックに、僕はこの決戦の勝機を感じた。
「で、この広い屋敷の中、どうやって龍を探しに行くんだぁ?」
用が済んだのか、空中で地団駄を踏むナナから、クラックが手を放す。
「先程のように、城内はハウスキーパーのゾンビさん達が徘徊してそうですし、闇雲に探すには交戦リスクが高すぎますね」
「それなら大丈夫よ」
下に降ろしてもらったナナが、ついたばかりのクラックの煙草を左手で奪い取る。
「あ、もったいねぇ」
「私、ちゃんとウロコを持って来たから」
クラックの煙草を口から抜き取った手とは逆の右手に、透明のビンが握られていた。
その中には、びっしりと漆のように黒く鈍く光る、薄い楕円がひしめいている。
「龍のウロコだ………」
変わり者の種。
僕らが倒して来た敵の亡骸。
「ソイツが本体に引き寄せられてぇ、俺達の進むべき道を指し示すってわけかぁ」
「あら、龍鱗はこの角を曲がって真っ直ぐと言っているわ」
ナナが廊下の奥を指さす。
「行こう!」
僕は大きな一歩を踏み出そうと踵を前に出す。
「あ、レイさん、ちょっと待って」
「おっとっと」
「敵に再び見つかっても面倒なので、ここは隠密行動で行きましょう」
そう言って、Ⅰは僕の服の裾を掴む。
「レイさんも、クラックのどこかを握って」
「
「わたしが皆さんから出る音をコントロールしますので」
「ねぇ、
「厄介ですね。あなたは女神ですから。うーん、クラックにでも担いでもらってください」
「えー、ださいー」
「あー。俺の負担、でかくねぇか」
「誰が重いですって! 私は軽いわよ!」
「痛っ。…………やれやれだぜぇ」
理不尽に殴られ、不平を言うクラックも、みっともないと不満を言うナナも、僕らは皆で一つになる。
僕らと女神は、何だかんだ仲良く肩を寄せ合い、幼稚園児たちの遠足のように、敵の頭が住まう、豪邸の通路を、両手を繋いで、仲良く散策した。
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