第35話

 何度か角を曲がったところ。

 古城独特の白い壁と金細工でできた精緻なつる模様を傍目に、僕らはステルスに歩みを進める。


「左の方から足音がする。たぶん、二人組のメイドゾンビだと思う」

「じゃあ、一旦戻って、違う所から回り込みましょうか」

「レーダー代わりのレイの耳に、羅針盤代わりの龍鱗。こりゃ、楽勝に親分のとこまでスキップできそうだぜぇ」

「クラック。早く先頭に戻って。あなたが斥候なんだから」


 僕らは、クラックを先頭にし、お姫様抱っこに上機嫌なナナ、耳を立てて周囲を警戒する僕、いまにもしおれそうなマイに命を注ぎつつ僕らの物音を調整するアイ


 花束も含め、総勢5人のフルメンバーが手を繋ぎ、屋敷の壁沿いを、全員中腰で右往左往する。


 この奇妙で奇怪なフォーメーションに僕らの未来がかかっている。


「できるだけぇ、武器も弾薬も温存してぇからなぁ」

「ほらほら、もうすぐよ。もうウロコがビンビンに道を示してるわ」


 この道を真っすぐ進んだ場所。

 突きあたった場所に大きな扉が見えた。


「巨人でもいるのか、この城はぁ」


 僕らはその三メートルを優に超える木作りのドアに両手を合わせる。


「ドアを開けた途端に、ドラゴンとこんにちはってワケじゃないでしょうね」

「ナナ、ビビってるんですかぁー?」

「うちの女神はおいといてもよぉ、レイのところの女神様がいりゃあ、そこそこ良い勝負になるだろぉ」

「どうでしょうか……」

「姉さんを花に変えた罪。僕らの世界を壊したツケは払ってもらわないと」

「俺もぉ、前世からの恨みがあるなぁ」


 僕らは扉を押す。

 ゆっくりと奥へ動く扉を眺めながら今まで軌跡を思い出していた。

 僕の異世界転生の始まり。

 バイト終わりに僕の身体をグチャグチャに吹き飛ばした何かを。

 クラックの世界を灰白色に初期化した終末帝の瞳を。

 空に開いた穴の中に足を駆けて消えていった、僕の姉のことを知る収集の女神Uのことを。

 古い金具が高い音を出す。

 重い二枚の木の板に隙間ができる。


「うっ……、生ぐさ」


 部屋の奥から噴き出して来た風は、僕とマイが前世で過ごしていたゴミだらけのリビングと同じ、やけに生活を感じさせる香りがした。


「ナナ、お前ぇが先に行けぇ」

「いやよ! 何だか廊下よりも薄暗いし、不気味だし!」

「「「オーエス、オーエス」」」

「ちょっと、Ⅰもクラックも、レイまで、私を押さないで!」


 ステルスとは逆に、僕らは浄化の女神を先頭にし、空いた扉の間から、奥へとすべり込む。


「いきなり、ガブリとか、本当に勘弁だからね」


 ブ厚い板をすり抜けた先。

 龍鱗が指し示した終着地点は、えらく拓けた場所だった。


「何もいない?」


 聞き耳を立てても、物音一つしない。

 風の流れる音が聞こえるだけ。


「ビンの中のウロコはこの大広間に入った瞬間、ぐるぐる回ってる。まるで、磁気の中心のコンパスみたいに」

「しっかし、広い部屋だなぁ」

「大聖堂ですかね。厳粛な雰囲気で、空気が重いです」


 僕らは周囲を見渡す。

 真っすぐ伸びる紅の絨毯、左右には無数の石柱が並び、その奥で淡いステンドグラスが怪しく光る。

 天井はどこまでも高く、闇をまとって果てが見えない。


「まるで誰かに見られてるみたいね」


 薄暗い空間に、派手な色彩だけがぽっかりと浮かんでいた。


「ほんとぉに、ここが、終点かぁ?」


 人の気配がしなかった。

 それこそ、ナナとクラックの一言が、周囲に反響してしまうほどの静寂。

 ベンチのないような大聖堂の奥。長く大きなシルクの垂れ幕と、その前に、ささいな肘掛け椅子が一脚、孤独の中に置かれていた。


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