第20話
空をぐるぐると埋め尽くしていた戦闘機の跡が、風に流され消えていく。
湖の方から、一日の終わりを知らせるチャイムの音が響いていた。
「帰るか」
クラックも赤い機体のハッチをあけて、地面に足をつける。
倒れた木々たちに向かって背伸びをした。
「おつかれさん」
クラックが水上都市に向かって歩き出す。
僕らも黙って、家に向かう。
お互いに、おのおのに、満身創痍のクタクタだった。
「一刻も早く、ふかふかのベッドで眠りたいよ」
「その前に、晩御飯を食べませんと。今日のご飯は豪華です」
「僕も何か手伝うよ」
僕らは夕日に三つ、それぞれに影を伸ばす。
それぞれの帰路につく。
「明日はナナのお店に手伝いに行こうかな。Ⅰに野菜の苗を譲ってくれたみたいだし」
「えー、明日は私と家でゆっくりしましょうよ」
新しい明日に向かって、今日の幕を下ろそうとしていた。
鳥たちの鳴き声が聞こえる。
木の葉が回る。
森の方から、音のない風が吹いていた。
「あれ、おかしいな」
夜が始まるんだから、湖岸に向かって空気が動くはず。
陸風が吹くはずなんだけど。
「レイさん、どうかしましたか」
天界育ちの
海陸風。
天気がいい日だと、昼は海から陸に、夜は陸から海に向かって、比熱の差で、風が吹き出す。
だけれど、いま、こんな太陽も落ちようとする夕方に、湖から僕らのいる、山の方に対して、大気が揺れた。
大きな湖風が、僕と
その嫌な大気のざわめきに、胸がざわつく。
不穏な空気が、心の奥に影を落とす。
「ねぇ? どうして、ミノタウロスとフランケンシュタインを殺したの?」
僕らの後方に、聞き覚えの無い、女の人の声が、突如響いた。
「てめぇ、どこか――、あ゛っ」
湖に向かって帰ろうとしていたクラックの身体が吹き飛ばされる。
「え?」
何が起こっているか分からなかった。
「なんで」
クラックが両手両足を力なく前に垂らして、僕らの家に突き刺さる。
なぜか、一緒に戦った、勝利を分かち合ったはずの男が、壁にめりこんで、血を流している。
「どうして、邪魔をするの?」
背後で何かが問いかける。
「あなたも、ワタシ達のことが、嫌い?」
いやだった。
「ワタシ達は、ただ誰かを喜ばせたいだけなのに」
振り返りたくなかった。
「ワタシ達、ずっと虐げられてきたのに」
もう一度、戦いに引きずり戻されるようで。
瓦礫が落ちる。
クラックが破材の中に埋まっていく。
「しかと? あなたもワタシを無視するの?」
全身が恐怖で震えた。
「ワタシって、そんなにダメ?」
僕は肩ごと身体を右に回す。
「あなたもワタシを、いじめるの?」
彼女を見るため。
僕らの敵を見定めるために。
「ねぇ、ワタシのことを、愛してよ。嘘でもいいから」
森林を背に細い、儚げな少女が立っていた。
黒髪の髪先を肩で切りそろえた学生服の彼女が立っている。
「好きって、言ってよ」
膨らんだ胸の上で、細いタイが揺れている。
「ワタシ、おトモダチが欲しい」
彼女がその赤いネクタイを片手で掴んで、すっと、引き抜いた。
「やめ――」
時が凍り、空気が止まる。
音の無い、時空の熱が、僕らの身体を氷漬けにした。
「――ろおおおおお」
声を出し切ったときには、ネクタイは風に流されていた。
「は?」
鼓動が止まる。
「――」
視界が真っ白になる。
「――――」
根源的な生物としての恐怖が、かえって僕の震えを消失させた。
「―――――――」
反射的に、あらゆる僕の生命活動が、心臓の機能が、ピタリと、停止した。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
僕は間違いなく、一瞬、黒い髪のただの女学生への、
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