第17話

 はるか上空。雲のそのまた高く。湖に立つ巨大な変わり者が点で見えなくなる。

 大空を泳ぐかのように緻密な飛行技術を見せるクラックの赤い戦闘機〈ランボルフィッシュ号〉。

 僕はその鼻先。

 船頭に両足をくくり付け、群青の空を翔けていた。


「レイ! こんな無茶苦茶な作戦で、あの巨人を倒せるのか?」

「はい!」


 僕は全身を叩き付ける風に顔を持っていかれそうになりながらも、おへその下から声をあげる。


「この街は僕が守ります!」

「よく言った!」


 戦闘機が速度を上げる。


「俺が必ずあのバケモノの元まで送りとどけてやる」


 機体は雲の上で、鼻先を湖面に向ける。


「地獄に落ちる気分だぜ」


 クラックはそのまま、戦闘機のエンジンから火を噴いた。

 雲を突き破り、糸を引く。

 バッと、白い幕を抜けたとき、大地に一人だけ立つ。

 ビルをも超える超大型の変わり者と水上都市、そして、それを囲む森林と山々が見えた。


「これが世界」

「ああ、変わり者に踏み締められた世界だ」


 円上に広がる山々の外側は、ただの荒野が広がっている。

 そこには何もなく、ただのサラ地。

 ひび割れた不毛は大地が続いているだけ。

 都市もなければ、自然もない。


「守らなきゃ! 人々の暮らしを、土地を。守り抜いた文化と環境を!」


 僕らはそのまま、巨人の変わり者の頭上まで落ちる。


「ガァアアアー」


 巨人が右手で僕らを掴もうとする。


「おっとっとっと」


 クラックは薄い機体をひらりと傾け、急旋回。

 水しぶきをあげて、湖面をすべった。


「うっ」


 慣性で身体が潰れそうになる。

 今まで感じたことが無いようなGに、身体中が押さえつけられる。


「生きてるか?」

「まだまだ!」

「よし、ちょっとだけ本気出すぞ」

「はい?」


 速度が一瞬で三倍以上になる。

 衝撃波が戦闘機から吹き荒れる。


「あ゛あ゛ああ」


 上半身が腰から離れていきそうだった。


「ツゥブゥスゥウゥゥ」


 巨人の変わり者が後ろに振りかぶる。

 怪物の頭に刺さった六角ボルトが一人でに、ガコンと回る。


「なんだ⁉」


 巨大なバケモノに電流が走り、屈強な両腕に銀色の戦艦サイズのハンマーが現れた。


「クラック、よけて!」


 言葉を発したときにはもう、ハンマーは僕らの頭上を掴んでいた。


「やば」


 高層ビルのような水柱が立つ。

 とてつもない破裂音が内蔵を揺らした。


「あぶねぇなあ」


 振り下ろされるハンマーを紙一重でかわした僕らは、そのまま上昇気流に乗り、巨人の路上まで飛び上がった。


「湖に穴があいている」


 クレーターができていた。

 急激な圧力の上昇で沸き上がった水が、太い縄のような雲になって、大空にせり上がっている。


「こいつ、レベルが違う」


 僕が戦った赤いミノタウロスとは比べられない程の戦闘破壊力。


「龍鱗を何枚喰ったら、こんなことになる」


 僕は耳をすまして、巨大なバケモノの体内に包まれた、生命の音を聞き分ける。


「五枚」


 おぞましい悲鳴のような鼓動が五つも聞こえた。


「五枚だと! レイ、それは間違いないのか?」


 クラックの雰囲気が変わる。


「いままで俺たちが倒した変わり者で最大枚数は三枚。そいつ一体を討伐するために、俺達が犠牲にしたのが、今の都市以外の全てだ」


「それって……」


 僕はことの深刻さに気付く。

 全身の血の気が引く。


「ガァアアア」


 巨大な変わり者の頭を貫通したボルトが再び回る。

 銀のハンマーが消滅し、巨大な変わり者の肩に今度は二つの大きな筒が稲妻と共に現れる。


「ウゥチィオトォスゥ!」


 轟音を立てて、筒が回り出す。


「ガトリング銃か!」


 クラックはさらに速度を上げ、巨人の背後に回り込むかのように弧を描く。


「レイ、つまりな――」


 僕をのせた赤い戦闘機は加速と減速をうまく使いこなし、三次元的軌道で銃撃をよけていく。

 それでも、変わり者がはなたれる弾丸は僕らの尻を逃さない。

 ぴったりつけてくる。


「――人類の99%と世界の大半の資源をつぎこんで、やっと太刀打ちできたのが、龍鱗三枚まで。いまやこの世界に、ウロコ複数持ちを撃ち殺す兵器も戦力も無いってことだ」


 クラックは苦し紛れの微笑を浮かべる。


「自爆特攻でも仕掛けるか。いいや、そんなんじゃ後の人々は守れねぇ」


 絶望のはざまを僕らは飛行しているようだった。

 赤い戦闘機と巨人の目があう。

 弾がとまる。


「シィブゥトォイィィ」


 再び巨大な変わり者がピカリと光った。

 変わり者の背後に穴の並んだ大量の箱が現れる。


「バァクゥゲェキィスゥルゥウウウ」


 刹那、目の前がフラッシュで包まれる。

 大きなミサイルが僕らに向かって壁のように迫り来ていた。

 燦々と輝く無数の赤い火の球が僕らを焼き殺そうとしていた。


「チッ。そんなのありか。避ける隙間もねぇじゃねぇか」


 飛行機の速度が落ちる。

 高度が下がりはじめる。


「クラック!」


 僕は光で向こう側の景色も見えないミサイルの弾幕を指差し、目一杯叫んだ。


「突っ込め!」


 その言葉を聞いたクラックは、大声をあげて笑った。


「ぶち抜く!」


 猛烈な加速が僕を襲った。

 内蔵がとびでて、骨と皮だけになりそうなのを、必死でこらえる。


「レイ! 俺が、お前を必ず届けてやる。だから、お前は、死ぬな。燃えつきるな!」


 迫り来るミサイルの束にクラックは主砲を向ける。

 巨大な変わり者が放った弾が、それぞれに頭の上を向けて、追尾してくる。


「耳を塞いで口をあけろ」


 僕はクラックに言われたとおりに、両手を顔の横にあて、大口をあける。


「――ッ」


 僕の足元から光が伸びて、目の前が爆炎に包まれた。

 赤い機体の腹についた主砲から発射されたのは、間違いなく、例のあれだった。


「ビーム!」

「いかすだろう?」

「はい!」


 やはり、この男、ただものではなかった。


「尊敬します!」


 僕は見事、男心をクラクラにさせられていた。

 飛行機はそのまま速度を上げ、爆炎の中心へと飛び込んでいく。


「抜けるぞ!」


 赤い爆炎の先。

 弾幕の間にこじあけた穴を通り抜け、僕らは巨大な変わり者の前に立つ。


「キィリィキィザァムゥウ」


 巨人が腰に手を当てる。

 ピカリと光って、瞬時に、大きな日本刀が現れる。

 居合切りの構えだった。


「突っ切れ! クラック!」

「あいよ」


 その掛け声とともに、再びビームがはなたれる。

 ビカッと光って目の前が真っ白になる。


「どでかい風穴を開けてやったぜ」


 巨大な変わり者の右目が空洞になり、振られた刀は空を切った。


「じゃあな」


 そこをクラックを乗せた機体が通り抜けて行った。

 僕は巨大な変わり者の鼻先に立って、残った左目をのぞく。


「あー、あー、聞こえますか。見えてますかー」


 僕は巨人に取りつき、手を振った。


「ミィオォロォスゥナァアアア」


 巨人が僕の行動に対して過剰反応を示す。


「こちらの意図は伝わる、と」


 それで十分だった。

 僕は目の前の怪物に意識を集める。

 巨人は両手で小バエを潰すよう腕を近づけてくる。

 僕の身体をゆうに覆い隠す手のひらが周囲の光を奪っていく。


「僕はお前を――」

 

閉ざされる世界を、右手で拒んだ。


「――《拒絶》する」

 

 足元がぐらりとゆれる。

 パラパラと破片が落ちる。

 ずるりと、変わり者の肩から上が、横に移動する。


「アアアアアアアアァァァァ」


 僕は、首から離れた巨人の頭とともに、重力に従って、落ちていた。

 巨大な身体が水上都市のシンボルタワーを見上げるようにして倒れていく。

 その向こう側から、赤い戦闘機が近づいてくるのが見えた。


「おーい、レイ」


 クラックがコックピットから手を振っている。

 背中から降下する僕を速度を合わせ、機体の上に僕を載せた。


「よくやった!」


 僕は天を仰ぎながら右手を挙げる。


「守った」


 青空に向かって親指を立てた。

 赤い戦闘機はゆらゆらと宙を舞い、傾く巨人の首から下を見下ろす。

 巨人の身体は力なく、両手を挙げたまま後ろに倒れていっていた。


「おい、レイ。お前の家、やばくねぇか」


 森に巨人の陰ができている。

 その中には、何の因果か、僕らが住まうログハウスを含まれていた。


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