第39話

「アナタ、どうして生きているの?」


 黒い少女がゾンビの上で目を丸くする。


「おいおい、幽霊でも見たような顔するじゃねぇか」


 扉の前のⅠとナナ、そして、部屋の中央に棒立ちになった僕を優しく見守るかのように、ファティーグ・クロックが、いま僕らの目の前に立っている。


「いや、だって、アナタ。マネに心臓を貫かれたはずでしょう?」

「おまえ、敵の心配、してる場合かぁ?」


 クラックが背中を回す。


「あ゛っつい」


 次の瞬間、黒い少女が燃えていた。


「゛あぁあぁぁ、もう、あっついぃ!」

「あいつら、やっぱいい、武器作るじゃねぇか」


 クラックの右手には、最早おなじみとなった変化された火炎放射器が握られている。


「もう! マネ! 何とかしてよ!」


青い炎に包まれた少女が悲痛な叫び声を上げる


「おい、レイ。もう少し後ろに下がって、女神とお前の姉ちゃんを守れ」

「クラックはどうするの?」

「あっちを片してくる」


 クラックの横顔が、少し、笑ったように見えた。


「任せたぞ、レイ。男と男の約束だかんなぁ」

「調子に乗るんじゃ、ないわよぉ!」


 燃やされ、ゲル状に溶けた少女が絶叫する。

 それと同時に、少女の身体が不自然に凹んだ。


「お前らの手の内は、もうバレてんだぁ」


 革靴が石床を強く蹴る。

 弾丸のごとく、クラックが前進する。


「クラック! 戦闘は続いているの?」


 ビシャリ、という衝突音と共に、クラックが宙で動きを止めた。


「随分と驚いた顔をしてるんだろぉな。見えねぇけど」


 クラックはそのまま、流れるように、何かの後ろに回り込む。

 そして、僕らの方向にピストルの銃口を向ける。


「いい家族じゃねぇか」


 クラックが矢継早にトリガーを引いた。


「――っ?!」


 僕は思わず、両腕で自分の前を塞いだ。

 ダダダダダダ。

 にぶい銃弾の音。

 その弾丸は、奇妙なことに、空中に、時が止まったかのように、並べられていた。


「ねぇ。まさか、アナタ。マネが見えるの?」

「いいや、何も見えねぇ」


 言葉とは裏腹に、クラックの振る舞いは、明らかに何かの存在を掴んでいるかのようだった。


「そりゃ、そう、よね。じゃあ、もう一回、マネに突かれて死になさいな!」

「よっこいせ、っと」


 長い足を回して、背後を蹴り上げるクラック。


「エッ!?」


 右壁のステンドガラスが砕ける。


「エッエッエ? 一体どういうことなの? こんなの始めて。エッエッエ? マネが?」

「人間っていうのは悲しい程に変わんねぇもんだなぁ」


 クラックが、振り上げた左足を地面に下ろす。


「お前の動きは、もう見えた」


 マネ! と叫ぶ黒い少女の声から、敵がクラックによって、部屋の端まで弾き飛ばされたことを僕は悟る。


「まぁ、これで終わっただろうぉ」

 クラックの左目が赤く光っているように、僕には見えた。

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