第52話
「さすがにウロコが固すぎて鉛じゃ通らなかったわ」
ムシャムシャと、ロケットのような形をした真鍮の弾を舌で回す。
「化け物ってことはやっぱりアレかしら。魔界大冒険的な、アレ」
口に入れた弾を吐き出し、手際よく弾倉につめる。
「こんな美人が口に含んだものでイケるのだから、亡者冥利につきるでしょ♡」
同じ部位にもう一度、正中線に沿って銃弾を撃ち込む。
「
鉛の弾丸が、鱗をえぐり、赤い血が噴き出た。
「ビンゴ! って、あれ?」
しかし、それだけだった。
「まるで、象に画鋲を刺してるみたいね。ダメージが入った気がしない」
三メートルを超える巨大な赤竜は、攻撃されていることに気付いてもいない様子で、私の義弟と睨み合っている。
向かい合うレイの身体はドットが入り、ボロボロと崩れ始めていた。
「時間が惜しいわね」
私は群青色が自慢のツインテールを銃身に巻き付ける。
「乙女の髪は命より重いけれど、レイのためなら安いものよ」
おそらく、あの龍も私と同じ、対価を与えられたものだ。
つまり、ドラゴンという概念を重ね合わせて、最恐を手にしている。
「古今東西の龍っぽいことができる対価なんて、ほとんど万能じゃない。けど、そこに付け入る隙が生まれる」
伝承としての竜の姿をなぞるというのなら、その中には竜にとって不利益な事柄も含まれているはず。
「全身を覆うその立派な鱗。その中の一枚だけ、逆さに生えているものがある」
私は自分の身から、ポロリと落ちた、一枚の黒い鱗を見る。
「この龍鱗の力で、私も花の姿を変えられていたってわけね」
私はその尖った刃物のような龍鱗で、レイがいつも褒めてくれた私の髪を、根元から切り落とす。
「八十一枚ある龍鱗のうち、あなたの顎の下に生えた一枚だけの逆さ鱗。そこが、最恐無敵のドラゴンの死の地点」
私はライフル銃を少し上に傾ける。
竜の片方のツノにひっかけるようにして弾を打ち込む。
着弾の衝撃に引っ張られ、赤い竜が顔を上げ、鼻先で天を仰ぐ。
「私とレイ。私達家族の今を脅かすものは、殺害する。今までだって、そうやって生存してきたのだから」
銃弾をうった反動で、巻きつけた髪がほどける。
そのリコリスと私の身体の一部を代償に、ライフルを大砲へと変貌させる。
「
私の体長の数倍はある大砲。
その砲台に合わなくなったマガジンから、残った弾と鱗。そして、親指の腹を噛み千切り、私の体液を口の中で混ぜ合わせる。
「オエー」
舌からよだれを垂らすようにして、一つにまとめた砲弾を両手で受ける。
「これがあなたを殺す凶弾。帰すわ、呪いとともに、あなたのこの龍鱗を」
黒く、それでいて、猛々しい金属の塊が、私の表情を描写する。
「ひどい顔ね。人殺しにはもう慣れたと思っていたのに」
両親に捨てられた私達が生きる道は多くなかった。
大学をやめて、働くことになった私がとれる方法。
何も知らないレイに、不自由を強いることも、寂しい思いをさせることも、私は嫌だった。
何より、私がそばに居たかった。
――令条マイさん。あなたに良い仕事があるのだけれど、やってくれないかしら?
暗闇の国道で、フロントライトに照らされて、白く潰れたUの姿を、対価を使う度に、思い出す。
――ほら、わたしってモテるのよ、見ての通りね。たくさんの人間に言い寄られ困ってるのよ。あなたもお金に困ってるみたいのだから、丁度良いでしょう?
生活に困窮していた私にとって、Uの提案はまさしく女神からお告げで、涙を流して喜んだものだ。
――じゃあ、契約成立ね。あなたに化わってしまった者達と渡り合うための力をあげる。もちろん、それに釣り合うだけの代償をもらうけど。
それは、困ると思った。
私はレイのそばで、彼の成長を見守りたいのだから。
義弟のそばに、ずっと居たいのだから。
――なら、この対価の代償はマイ、あなたの望みを叶えるわ。だって、わたしは今から、あなたの可能性を奪うのだもの。この先、何があっても、弟と一緒の今だけを、存続し続けられるように。
その日から、私の身長は止まった。
成長が止まって、老いが停まった。
今思うと、それは私の美しい容姿を保存するためだったということに気付く。
あのまま心を委ねてしまっていれば、私もいつか、この大聖堂のステンドグラスの彼女たちのように、Uのコレクションの一枚として、永久に飾られていたかもしれない。
「まぁ、私はレイの穏やかな老衰を見送ったあと、後を追うように死ぬつもりでいたのだけれど」
昔のことだ、と思いながら、いつもより軽くなった頭を振ってみる。
漆黒の弾を砲弾につめ、敵を射線の上に載せる。
「ごめんね。でも、私は家族のために殺すことしか知らないの」
ドンッ。
引き金を引くとともに、重低音が、腸を殴った。
反動で、私は後ろへ三回、後転のように転がった後、ことの顛末を確認する。
「よかった、届いたみたいで。あなたの逆鱗に」
放った弾が、レイを包む災禍を打ち滅ぼしたことに、心の底から、ほっとする、私だった。
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