想い出シンギュラリティー

第43話

「すー。はぁー」


 爆薬によってあけられた地面の大穴が、ひとりでに塞がっていく。


「さすがに、疲れたなぁ」


 白んだ息が天にモヤを描く。


「はぁー。すぅー、はぁー」


 血戦終わりのクラックが、どこに隠し持っていたのか、気持ちよさそうに煙を吹かしていた。


「マネが……、ワタシたちの中で一番の変わり者が……、本当に、やられちゃった……」


 黒い少女が肩を落とす。

 もっとも、彼女には揺らす肩も、挫ける腰もない。

 微かに残った上半分の童顔を、堕落したように沈ませていた。


「死ぬのね。ワタシ」


 少女がクラックを見つめる。

 首がないのを補うように、頭蓋の後方を凹ませ、目線を上げる。


「あぁ、間違いなく。お前が他人にそうしたように」


 火のついた煙草が、乾いた口から離れる。

 裾の焦げたロングコートの足元には、地球儀のような少女の頭が転がっている。

 空気おじさんの影響から解放された絨毯が、赤い道のように、僕らを直線で繋いでいた。

 大聖堂の入り口で尻をついたⅠも、祈りをやめて顔を上げたナナも。

 しおれ始めたマイと、僕も。

 皆がみな、口をつぐんで、地面に立つ広い背中と、彼を見上げる黒い少女の終息を、息を殺すように見守っていた。


「今日も、星が綺麗だわ」


 しんと、少女のか細い声が空に響く。

 クラックが人差し指と中指を口元によせ、くっと、煙を吸い込んだ。

 反対の手には、火炎器が握られていた。


「夢で逢えたら、嬉しいかもね」

「そいつぁ、ひどい悪夢だろうなぁ」


 クラックが煙草を投げる。

 赤い火が、くるくると回って、儚い円を描く。

 クラックの構えた凶器が、僅かに残った少女の眉間に、固いシルエットを落としていた。


「夜が落ちて来る」


 少女が笑う。

 全身がピリつく。


「きゃー、何よこれ」


 僕の後ろでナナが悲鳴を上げる。


「私達が集めた龍鱗が暴れてる?」


 透明なビンの中に入れられた終末帝の欠片たちが、台風のように渦巻き、震えている。


「なんで今更になって、ウロコが動き出すのよ!」


 ナナの混乱の最中、僕は丸太を擦るような、太く低い音を聴く。

 大味で鈍り切ったはずの僕の鼓膜が、真っ暗闇が張り付いた天井からの、何かが蠢く音で揺らされる。


「なにが、起きてんだぁ」


 文字通り、闇が降ってきた。

 漆黒のナニカが大瀑布となって、黒い少女を飲み込んだ――。

 ――ように、僕には見えた。


「……」


 クラックが、言葉を無くして空を見上げる。

 扉の前で、二柱の女神が抱き合う。

 天から落ちたそれは闇だ。

 暗黒色のそれが、細長く蛇行し、大聖堂内を満たしていく。

 天井を支える両端に並ぶ柱の、その間一つひとつをなぞって、空間を塗り潰すかのように、グチャグチャに激走する。

 暗澹たる地上を見下ろす天井に、満天の星々が明かりを灯す。


「ああ、本当によかった――」


 どこからか、こと切れる直前のような、少女の声が聞こえた。

 常闇の深淵から、ナニカが顔を臨かす。

 龍の頭部が姿を現す。


「――――だって、こんな強い人と心中できるのだもの」


 クラックの眼前で、牙がひらく。

 僕は走った。

 空間を埋めた漆色の胴体を乗り越え、手を伸ばす。

 声にならない叫びが、僕の胸の真ん中から溢れ出していた。

 クラックが振り返り、赤い瞳で僕を見る。


「悪い。後はまかしたぞ、レイ」


 暗がりがクラックを飲む。

 目の前が真っ暗になる。

 ブラックアウト。

 星の光さえ飲み込む暗闇の中に、金色のナニカがひらく。

 それはまるで、地上に降りた夜の中に、白い月が咲いたようだった。

 赤く噴き出す血しぶきの中で、僕はその瞳を思い出す。

 僕の日常を終わらせたその熱の冷たさを――。


「終末帝……」


 ――――バイト終わりの僕を轢き殺した、その瞳を。

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