第37話
「クラック、ゾンビは身体を伸ばして攻撃して来る!」
僕の声が届いたのか分からない。
けれど、黒い点と点が粒となり、面となり、濁流のように、クラックと少女を取り囲み、人の形を成し、群衆となる――には遅すぎた。
「あつっ」
大広間が突然、強い光に包まれる。
「あーあ、お前のせいで、大火事だぞ、こりゃ」
「アンタのせいでしょうが!」
ゾンビ達が燃えていた。
正確には、クラックと少女を丸く取り囲んだ黒い波が、真っ赤な炎に変わっていく。
「ウチの従業員たちを何だと思ってるの」
「メイド長は今日でクビかもなぁ」
続けざまに、火炎放射器の銃口を少女に向ける。
「上司に怒られたらアナタのせいって言うわ」
「来世でも勤め人とは、働き者だな」
炎の渦の中。
クラックが引き金を引く。
「あ゛ぁ――」
朱が宙を舞う。
「――何でぇ……、俺の胸からぁ、手が生えてんだぁ……」
クラックの心臓が、宙に浮いていた。
「やだ、マネージャー。その男の汚い血がワタシにまでつくじゃない」
「マ……、マネージャー……?」
クラックの手から、銃が抜ける。
「言ったじゃない。ワタシ達の職場だって」
クラックが、細い息に肩を揺らす。
「後ろにぃ……、誰か……、いるのかぁ……」
炎の壁越しに見えるクラックは、誰かに胸を貫かれたように僕には見えた。
だけれど――。
「クラック! 何も見えない! 僕には、何も見えないんだ!」
そう、僕には、クラックの心臓が突然、彼の胸から飛び出したように見えた。
僕の目には、クラックと、にやりとニヒルな微笑を浮かべる変わり者の少女しか映っていなかった。
「……てことは」
クラックが左手でジャケットの内側を探る。
「楽に死んじゃえばいいのに」
「……生憎、ピンピンコロリって訳にはいかねぇんでね」
裏拳。
ジャケットから抜かれた左手が恐ろしい速度でクラックの背後まで回される。
「ほら、いた」
手榴弾が握られた拳が、クラックの後方で止まる。
「クラックー!」
僕の叫び声は、爆発音に塗り潰され、行き場を失った。
爆煙の中、血で形づくられた人形が、クラックの背中を突き刺しているのが見えた。
「……顔ぉ、……覚えたかんなぁ……」
後頭部の頭蓋を失った男から、光が消える。
「うわっ、痛っそうー。マネージャー大丈夫? 絆そう膏いるならワタシ、持ってるよー」
ドサリと少女の前に倒れた男。
彼のスーツは真っ赤に染まっていた。
背中に空いた赤黒い穴。
左手から伸びた赤い線だけが、もう一人の変わり者。
透明人間の存在に繋がっていた。
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