第52話 学校で有名人?

 校門から昇降口、昇降口から階段、階段から廊下をへて教室へ、知っている人も知らない人も俺と美琴を見ては、ひそひそ話する者、きゃっきゃっとはしゃぐ者、俺に殺意を向ける者とまちまちだ。


 教室に入るとクラスメイトの注目の中席に座る。田村が直ぐに駆け寄ってきた。


「おぅ、BLボーイ!」

「BL言うな!」


「姫ぇ〜、見たよ見たよ!」


 氷川さんもニコニコしながらやってきた。見たよってのはカラオケ大会の昨夜の配信だ。大会前に承諾していたのだが、まさか美琴とキスをするとは予想もしていなかった。


 街の小さなカラオケ大会だ。たいした反響もないだろうと思っていたら、かなりの再生回数があったみたいで、学校でも見た人が結構いたって事は、朝の登校で十分に分かった。


「東山君もやるよね! まさか人前であんなことするなんて」

「いや、あれは美琴がだな――」


「うん、わたしもびっくりしたよ! まさか倭人くんが――」

「オイ、あれはお前が――」

「え〜、だってえ……」


「ハイハイ、お二方、朝からお熱いわねぇ」

「はあ〜、あんなん見せられたら神無月さんは諦めるしかないよな。って事で氷室さん、俺とどう――」

「無いわよ」


 速攻で一蹴された田村が真っ白になって固まってしまった。



 昼休み、教室で美琴とお弁当を食べていると、話したこともない女子生徒達が、俺の席に集まってきた。


「東山様、ぜひ私達のサークルに入ってください!」

「神無月様もお願いします!」

「お二方は神様です! 尊いです!」

「そうです、そうです、二人はプレシャスラブです!」


 うん、もしかしてこの人たちは?


「えっと、君たちは?」

「「「私たちは『星屑のナイトメア』を心から愛するサークル『絶愛』です!」」」


 だよね〜~。 



「今日は疲れたな」

「うん」


 放課後の帰り道も、沢山の視線を感じながらワンルームマンションに帰った。


 この騒動は結局一週間続き、疲れはてた俺は明けた土曜日に、気分転換にと朝から本屋へと出掛けた。美琴も誘ってみたが、眠気には勝てなかったようで、多分まだベッドの中だろう。


 朝の十時は、商店街も人はまばらだが、あと一時間もすれば人集りで賑わい始める。


 昼には美琴の飯も作らねばならぬから、さっさとお目当ての本を買って帰るとしよう。 

 

「東山倭人だなナウ」


 あと少しで本屋ってところで、俺の前に見知らぬ男が現れた。歳は俺と同じくらい、体格はデブっていて、髪は今どき珍しいオールバックで、めちゃめちゃ似合わないロン毛だ。


「お前は許せないナウ! お前を殺すナウッ!」


 はあ?


 男は手に持っていたドスを鞘から抜き、俺に向かって突っ込んできた。


 刃渡り五十cmは有る刃物だ。刺さればヤバい。俺は身を斜にして躱し、足を出して男の足を引っ掛かけた。


 丸い太った体で転がる男。


「痛いッ! 痛い痛い痛い痛いナウッ!」


 起き上がった男の頬は、自分で持っていたドスの刃が当たったために、スパッと切れて血が流れていた。


「ぼ、ぼ、僕の血ぃぃぃナウ」


 男は自分の頬に、手をあて流れ落ちる血に目を白黒させていた。


「ひ、ひ、人殺しぃぃぃナウ!!」


 叫んだ男は手に持っていたドスを投げ捨て、走り去っていった。


 人殺しはお前だろッ!!


 近くにいた人が警察に通報をしてくれていた。流石にこの場を立ち去るわけにもいかず、警察がくるのを待っていた。


 その時、スマホが鳴り、見れば昂ノ月さんからだった。


「おはようございます、昂ノ月さん」

「東山さん、お嬢様はご一緒ですか!」


 声が裏返る程に、電話向こうの昂ノ月さんの焦りが伝わる。


「い、いえ。今は一人で買い物に出ていますが……」

「お嬢様のスマホに連絡しても出ないんです!」


 美琴が電話に出ないのはよくある言葉だが、今さっき俺は殺されそうになった。


 嫌な予感がする。


「俺、直ぐに部屋に戻ります!」

「私も、そちらに向かいます!」

 

 電話を切ると、俺は全力で走りワンルームマンションへと帰った。


「美琴いるか!」


 鍵が空いていた美琴の部屋。しかし美琴の姿は部屋には無かった。


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