第43話 わたし……何も出来ない

「大丈夫、倭人くん」

「……ちょっときついかな」


 寒暖の差が今週は酷かったのが影響したのか、朝、目覚めたらどっぷりと風邪を引いていた。


「お、お薬……お薬は?」

「……リビングの小物ゲホッ、ゴホ」

「うん、分かった!」


 勝手知ったる俺の部屋だ。美琴はわかるだろう。しかし、まいったな。美琴の追試がマジヤバい気がしてならない。


 美琴が薬とミネラルウォーターを持ってきてくれた。


「……」

「三錠かな」

「……それは正露丸だ」

「何でも治る薬だよね」

「……いや、風邪は治らない」


 美琴に駄目出しをして、風邪薬を持ってきてもらう。


「ありがとな」

「う、うん……。で、でも救急車呼んだ方がいいよね……」

「い、いや、大丈夫だから」

「じゃ、じゃあ、お医者さん呼んだ方が……」

「い、いや、いや、大丈夫だから」


 それでも心配そうに美琴が俺を見ている。


「濡れタオル……持ってきてくれるかな」

「う、うん! 直ぐに持ってくるね!」


 美琴が駆けて部屋から出ていった。「ふ〜」と熱を帯びた息を吐いて目を閉じた。


「…………冷たッ!?」


 俺の額に乗せられた濡れタオルはビショビショだった。


「冷たい?」

「……絞ってきたか?」

「ううん、濡れてた方が冷えるかなって」

「……もう少し絞って持ってきてくれ」

「……う、うん。ご、ごめんなさい……」


 美琴は少し肩を落として部屋を出ていく。美琴が心配してくれる気持ちは嬉しいが、流石にビショビショなタオルでは、風邪をこじらせかねない。


 タオルを絞って持ってきた美琴が、俺の額にタオルを乗せる。


「こ、今度は大丈夫?」

「あ、ああ、サンキューな」

「う、うん……」


 二度の失敗のせいか涙目になってしまっていた。


「……俺は大丈夫だから、美琴は自分の事を頑張れ」

「……………わたし?」


『わたし?』じゃねえよ! とツッコミたいが、残念ながらその気力が出ない。


「そうだ、お前だ、ゴホッゴホッ。俺の事はいいから、お前が頑張れ……」

「わ、分かった! 頑張るよ!」


 美琴はそう言って部屋を出ていった。


 頑張れよ、美琴……。



 朝に薬を飲んでから眠りについたのだが、なんかいい匂いがして目が覚めた。


 まさか美琴? いや、美琴はゆで卵しか作れない。


「……昂ノ月さんかな?」


 美琴が昂ノ月さんを電話で呼んだのかもしれない。朝に比べて目眩がするほど酷くはない。喉の痛みと鼻水はまだ治らないが、起き上がる事は出来そうだった。


 そして部屋から出てびっくりした。キッチンに立っていたのは、昂ノ月さんではなく美琴だった。


 しかし、後ろ姿からも肩が震えているのがわかる。


「……どうした、美琴、ゴホッゴホッ」

「……や、やまと……くん」


 美琴は大きな瞳に大きな涙の玉を浮かべていた。


「やだよぉ〜。……わたし……なにも……なにも出来ない……」


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