第44話 世界一美味いよ

「……どうした?」


 風邪でおぼつかない足取りで、泣いている美琴の所に近付いた。


 ワンルームマンションに備え付けのIHコンロには、小さな片手鍋があり、いい匂いはそこから漂っていた。


「……うぅ、やまと……くん……ごめんね」


 何を謝っているのか分からなかったが、鍋の中に原因があったようだ。


 鍋の中には、俺の為に作ってくれたお粥があった。色が濃く香りが強いのは粒状ダシを入れ過ぎたからで、たぶん美琴が泣いてしまった理由は、卵の殻が全部中に落ちてしまったからだろう。


「こんぐらい、大丈夫だよ」

「……うぅ」


 幸いにして卵の殻は大きく二つに割れて入っていた。


「大丈夫だぞ。だから泣くな」

「……うぅぅ」


 俺は菜箸で殻を取り除く。更にポットのお湯を足して、出汁を薄め、上澄みをお玉ですくい取る。


「ほら、な、大丈夫だろ」

「う、うん……」


 お茶碗にお粥をよそい、ローテーブルに二人並んで食べ始めた。


「美味いな」

「……美味しくない」

「美味いよ」


 確かに出汁が多かったせいで、味が濃くて塩辛い。でも、そういう美味い不味いじゃないんだ。


「……わたし……やまとくんの為に何も出来ない……」


 お粥の入ったお茶碗に目を落とし、箸は最初の一口から進んでいない。


「……悔しいよ。……何も出来ないわたしが悔しいよ」

「そんな事はないぞ。このお粥、めちゃめちゃ元気になる味だな」

「……不味いよ、めちゃめちゃ不味いよぉ」


 美琴がポロポロと涙を流し、綺麗な顔もクシャクシャになっている。俺は美琴の肩に手を回して抱き寄せた。


「美味いよ。人生で一番美味い。美琴が俺の為に作ってくれたお粥だ。世界で一番美味いお粥だ」

「うあああぁぁぁ」


 泣きじゃくる美琴を更に抱き寄せると、俺の胸に顔を埋め大粒の涙を流し、すがりつくように泣いていた。


「……料理なんて、直ぐに覚えられるよ」

「……うん」

「……今度、一緒に料理作ろうな」

「…………うん」

「……テスト勉強、一人で頑張れるか」

「………………うん」

「……部屋の掃除も頑張るんだぞ」 

「…………やまとくん……やって」


 オイ! 


 ハハ、ま、それが美琴だよな。


「掃除は一緒にやろうな」

「…………うん」


 少し泣き止んだ美琴の頭を優しく撫でると、美琴は俺の胸に更に寄り添ってきた。


「やまとくん……一緒に……」

「ああ、美琴は俺の大切な人だからな……」

「………………」


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