第16話 お誕生日

「ゔぅぅぅぅぅぅ。や、倭人くん……何も見てないよね?」

「ああ、熊のぬいぐるみにチュウしているところなんか見てないぞ」


 食事の並んだローテーブルに座り、赤い顔で睨んでいる神無月から目を背ける。


「部屋に入る時は、普通ノックぐらいするよね」

「したぞ」

「……ノックするよね?」

「だからノックしたぞ」

「うグッ」


 神無月は俯いて熊のぬいぐるみをギュッと抱きしめた。


「……倭人くんのバカ」



 パスタを食べ終えた後に、昨夜に残しておいた四分の一が欠けているホールケーキに、ロウソクを挿し、百均で買ったライターで火を灯す。


「せっかくだから灯りを消してと」


 部屋の灯りが消えると、幻想的なロウソクの光りだけになる。


「け、消していい?」


 ロウソクの火を消したくてワクワク顔の神無月に、俺は待ったをかける。


「ほら、神無月、なんかポーズとって」


 俺がスマホのカメラを向けている事に気がついた神無月は、熊のぬいぐるみを胸元近くに寄せて、ぬいぐるみの腕を大きく広げた。


 パシャリとスマホで写真を撮る。今まで一番良い、ちょっと恥ずかしい言い回しだけど、本当に天使の様な微笑みがあった。


「ふぅぅぅぅぅぅ」


 神無月は長い髪がケーキに付かないように、左手で押さえながら、小さな顔を左右に振ってロウソクを吹き消した。


「誕生日おめでとう神無月」

「ありがとうぅぅぅ、嬉しい誕生日だよぉぉぉ、倭人くん」


 部屋の灯りをつけると神無月が、透き通る様な白く細い指で、瞳に溜まる雫を拭っていた。


「な、泣くほど嬉しいか!?」

「うん! 友達と……、ううん、倭人くんとお祝い出来たから」

「そ、そっか」


 学年一可愛いい神無月の誕生日を祝うのが、俺なんかで良かったのかな?


「で、でね……」

「ん?」

「……あ、あのぉ……」

「何だよ? さっさとケーキ食おうぜ」

「……う、うん」


 俺がケーキを切って小皿に取り分ける。神無月は熊のぬいぐるみを抱いてそれを見ていた。


「あ、あのね倭人くん!」

「な、何だよ、大きい声で」


 今までおとなしかった神無月が、耳を赤くして俺を見ている。


「お、お誕生日プレゼント……」

「ああ、熊のぬいぐるみか。悪いなそんな物で」


「ううん! 嬉しいよ! 凄く嬉しいよ! とまとくんはわたしの宝物だから!」

「お、おう」

 

 やたら食い気味に喜ぶ神無月。


「で……でね」

「うん?」

「で、出来たからぁ……み、美琴って呼んで……欲しいかな、かな?」

「な、何だよ、唐突に……」

「駄目?」


 ズルい。美少女の上目使いの潤々とした瞳に抗う術を、俺は持ち合わせてなんかいないぞ。


「い、いいけどさ」


 いいのか、オイ!


 女の子の下の名前を呼ぶなんて小学校以来だよ。どぉすんの、どぉすんの、どぉすんの俺ッ!?


 神無月を今さら美琴さんとか美琴ちゃんって呼ぶのは逆に恥ずかしい。


 キラキラした瞳で神無月が俺を見ている。まいったな。


「じゃあ、美琴でいいか? 今さら『さん』とか『ちゃん』は無理だわ」

「いいよ、いいよ、美琴がいい!」

「なら美琴、さっさとケーキ食べようぜ」

「うん、倭人くん!」

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