第3話 腐海の部屋

 俺の辞書には彼女の二文字はない。だから女子の部屋に入った事は一度たりとてなかった。


 噂に聞く女子の部屋は、春のような暖かい陽だまりの香り、ファンシーなぬいぐるみや、夢かわな家具などで満たされているとの事だ。


「フフフ、予想通りだな、神無月」

「東山君、女子の部屋に入るのにその格好は失礼じゃないかな?」


 俺は自分の部屋から、対臭気用のカートリッジ式防毒マスクに、汚物対策用のゴム手袋、汚れてもいいボロいエプロンに捨ててもいい靴下を装着し、手にはゴミ拾い用のトングに黄色のゴミ袋を装備していた。


「腐海の森に踏み入れるのだ。マスクをしなければ五分で肺が腐ってしまう」

「酷い! 女子高生の部屋だよ! どっかの森と一緒にしないでほしいな!」


「神無月、あそこを見てみろ!」


 俺は丸まったティッシュや、食べ終わったお菓子の袋、脱ぎ散らかした衣服の先にある、部屋の片隅をトングで指した。


「あんな所に、生えてはいけないキノコが生えている。もうこの部屋は胞子に侵されているんだ。まともな人間が住める部屋じゃない」


 トングの先に生えている赤いキノコと青いキノコ。


「ええええッ、私はまともだよ!」

「まともじゃねえよッ! 

 まあいい、さっさと片付けるぞ」



 俺の戦いは一時間にもおよんだ。


 俺の足元をワラワラと歩く黒い敵。もはや人に対する警戒心さえ持っていない。


「お前、よくこんな所に住んでられたな」

「慣れよ、慣れ」


 セーフゾーンの白いソファの上に座る神無月は平然と答える。コイツは女を捨ててやがる。




 更に現れたカラフルなカタツムリ。丸まったそれをトングで摘みあげて、手にとって広げてみる。


 ガハッァ!


「へ、変態! なにしてるのよ!」


 まさかの下着に俺の精神がぶっ飛んだ。




 散らばっている本の片付けには少し驚いた。漫画やラノベには俺も読んでいるタイトルが幾つかあったからだ。見ればソファの上で、俺も好きなタイトルのラノベを読んでいた。



「綺麗になったね、東山君」

「……全く手伝わなかったな」

「うん、今この小説がいいところなんだもん」

「……ああ、そうかい。でも出かけるぞ」

「なんで?」

「そこの山はどうすんだ?」


 俺は積み上がっている衣類の山を顎で指す。


「………捨てる?」

「ヨシッ、捨てよう!全部捨てよう! 一気に捨てよう!」

「ええええ、嘘、嘘、嘘、嘘ですぅ!」


 ジト目で神無月を見ると、えへへと笑っていやがった。チッ、やっぱ可愛いなコイツ。学年で一番可愛いと言われる女の子の笑顔にドギマギして、笑顔に負けて顔を背けてしまった。


「コインランドリーに行くぞ」

「いまから?」

「明日、自分で行けるか?」

「……うぅぅぅ、いま行く……」


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