第3話 腐海の部屋
俺の辞書には彼女の二文字はない。だから女子の部屋に入った事は一度たりとてなかった。
噂に聞く女子の部屋は、春のような暖かい陽だまりの香り、ファンシーなぬいぐるみや、夢かわな家具などで満たされているとの事だ。
「フフフ、予想通りだな、神無月」
「東山君、女子の部屋に入るのにその格好は失礼じゃないかな?」
俺は自分の部屋から、対臭気用のカートリッジ式防毒マスクに、汚物対策用のゴム手袋、汚れてもいいボロいエプロンに捨ててもいい靴下を装着し、手にはゴミ拾い用のトングに黄色のゴミ袋を装備していた。
「腐海の森に踏み入れるのだ。マスクをしなければ五分で肺が腐ってしまう」
「酷い! 女子高生の部屋だよ! どっかの森と一緒にしないでほしいな!」
「神無月、あそこを見てみろ!」
俺は丸まったティッシュや、食べ終わったお菓子の袋、脱ぎ散らかした衣服の先にある、部屋の片隅をトングで指した。
「あんな所に、生えてはいけないキノコが生えている。もうこの部屋は胞子に侵されているんだ。まともな人間が住める部屋じゃない」
トングの先に生えている赤いキノコと青いキノコ。
「ええええッ、私はまともだよ!」
「まともじゃねえよッ!
まあいい、さっさと片付けるぞ」
◆
俺の戦いは一時間にもおよんだ。
俺の足元をワラワラと歩く黒い敵。もはや人に対する警戒心さえ持っていない。
「お前、よくこんな所に住んでられたな」
「慣れよ、慣れ」
セーフゾーンの白いソファの上に座る神無月は平然と答える。コイツは女を捨ててやがる。
更に現れたカラフルなカタツムリ。丸まったそれをトングで摘みあげて、手にとって広げてみる。
ガハッァ!
「へ、変態! なにしてるのよ!」
まさかの下着に俺の精神がぶっ飛んだ。
散らばっている本の片付けには少し驚いた。漫画やラノベには俺も読んでいるタイトルが幾つかあったからだ。見ればソファの上で、俺も好きなタイトルのラノベを読んでいた。
「綺麗になったね、東山君」
「……全く手伝わなかったな」
「うん、今この小説がいいところなんだもん」
「……ああ、そうかい。でも出かけるぞ」
「なんで?」
「そこの山はどうすんだ?」
俺は積み上がっている衣類の山を顎で指す。
「………捨てる?」
「ヨシッ、捨てよう!全部捨てよう! 一気に捨てよう!」
「ええええ、嘘、嘘、嘘、嘘ですぅ!」
ジト目で神無月を見ると、えへへと笑っていやがった。チッ、やっぱ可愛いなコイツ。学年で一番可愛いと言われる女の子の笑顔にドギマギして、笑顔に負けて顔を背けてしまった。
「コインランドリーに行くぞ」
「いまから?」
「明日、自分で行けるか?」
「……うぅぅぅ、いま行く……」
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