第9話 挨拶

「おはよう」


 次の日の事だ。隣の席の神無月が俺に初めて挨拶をしてきた。


「お、おう、おはよう……」


 なんだコイツは? 挨拶というものは友達どうしで行うものだ。そうで無ければクラス全員に挨拶をしなければいけなくなってしまう。


 俺と神無月は友達なのか?


「東山君はなんでいつもマスクをしているの?」

「それを君はここで聞くかな?」

「聞くよ?」


 こ、コイツ、地雷踏んでいる事に気が付いてないのか? しかし『お前が臭いからだ』なんて言ってしまえば、深呼吸をしている馬鹿野郎達の反感を買ってしまう。


「花粉症だ……」

「今日は花粉が少ないみたいだよ。取っちゃえば?」


 隣の席の女の子との会話。なのに何故かクラスメイトの視線が俺に集まっているのは何故だ?


「そ、そうだな」


 ここは柳に風、風に見を委ねるしかあるまい。活性炭入りマスクを外す俺。強烈な香臭が鼻孔を襲……わない?


「あれ? 臭くない?」

「な、なに言っているのかなぁ、東山君はぁ」


 席に座り俺を見上げる神無月に、何やら禍々しいオーラを感じ、俺はマスクを外したままおとなしく着席した。


「……昨夜、風呂に入ったからか」

「?」


 こりゃ毎日風呂に入らせないとな。ん? 女の子の入浴チェックとかヤバくね?



「東山君」


 一限目が終わった休憩時間に隣の席の神無月が話しかけてきた。


「ちょ、ちょっと相談があるんだけど」


 そう言われて、俺は神無月に階段の踊り場に連れてこられた。ここならすれ違う生徒はいれど、立ち止まる生徒は少ない。


「どうしよう」


 そう言って神無月は持ってきたリュックの口を開いた。


「なるほどな。そう来るわな」

「何がなるほどなのよ」


 神無月のリュックの中には沢山のラブレターが入っていた。


「お前はどうしたいんだ?」

「どうしたらいいか分からないから相談しているんだよぉ」


 涙目で俺を見上げる神無月。


「なんでこんな沢山……」

「そりゃ早い者勝ちだと思わるているからだ」

「何それ!わたしはモノじゃないよ」


 プンプンと怒る神無月。


「入学してすぐに轟に落とされたからだよ」

「えええええ、何それぇ」

「まぁ、それは置いといて、神無月は誰かと付き合う気はあるのか?」

「え、えっと……、お、お母さんになるにはまだ早いよぉ」

「いや、そこまで考えなくていいんだけどさ。彼氏が欲しいかどうかだよ」

「彼氏かぁ」


 そう呟いた神無月が、俺の目をジッと見ている。


「俺を見ても駄目だぞ。これは自分で考えないと」


 それでも俺をジッと見ている神無月。なに? 何なの?


「うん! 今は彼氏はいらない」

「なら全部断わればいい」

「ありがとう、東山君」


 そうして神無月はラブレターの主、一人一人に断りの挨拶ツアーを行なった。何故か俺をお供に連れて。

 


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