第37話 オルゴール館
昨夜の事は全てを昂ノ月さんに任せて、俺は黙秘を貫いた。だって、俺の入浴中に入ってきたのは昂ノ月さんで、更に入ってきたのは美琴なんだから、俺は悪くないよね?
「倭人くんが、エッチな人だって分かったね」
「何故その結論になった!?」
「見たよね?」
「……チラだけな。チラだぞ、チラ」
昂ノ月さんの運転でオルゴール館に向かう車の中、黙秘を貫いていた俺に、美琴からの取調が始まってしまった。
この話しの論点は残念ながら良いか悪いかではなく、見たか見ていないかだ。圧倒的に俺が不利なバトルだ。
「やっぱりエッチだよね! 見てなければゼロ、見たらイチ、ゼロとイチの違いは、ゼロと無限の違いに匹敵するってラノベに書いてあったよ!」
確か『無限のソフトクリーム』だったかな。イチが無ければ無限は始まらないってヤツだ。
「クッ、すまん」
俺は素直に敗北を認めた。なにせ、今も目を閉じると双丘と桃が浮かび上がって来るんだから、謝るぐらいしてもお釣りがくる。ゴチです!
◆
「綺麗なところだな」
「倭人くん、あそこで写真とろ!」
河口湖の湖畔に佇むおとぎの国に出てくるような可愛いい洋館が幾つか立ち並ぶオルゴール館。
美琴が走って花に囲まれたベンチに座った。俺はスマホを取り出して一枚写真を撮る。
「倭人くんも一緒にぃ!」
俺のスマホを昂ノ月さんに渡して、俺は美琴の隣に座った。カシャと写真を撮った昂ノ月さんが、近くのお姉さんにお願いをして三人並んで写真を撮って貰った。
館内に入ると沢山のオルゴールと、沢山の人って感じだった。オルゴールの歴史から始まる順路を歩き、出口はお土産のオルゴールだらけだった。
「倭人くん、これぬいぐるみの中にオルゴール入っているよ!」
「へえ、そんなのが有るんだな」
美琴が手にしたのはくまのぬいぐるみだった。
「美琴はくまが好きのか?」
「とまとのお友達がほしいかなぁって! とまとの好きな色は赤だから、このコかなぁ」
赤いくまに加えてピンクのくまも手に取った。
「倭人くんはどっちがいいと思う?」
「俺に聞かれてもなぁ。昂ノ月さんパス」
「わ、私ですか!? お嬢様はピンクが好きですから、そちらのくまさんで宜しいのでは」
「むむむぅ……」
どうやら、どちらにするか決めきれないようだ。
「帰りまでに考えておけばいいんじゃないか? まだ館内に入ったばかりなんだからさ」
「そうだね、帰りまでに考えておくね!」
◆
敷地内は綺麗な建物が幾つかあり、オルゴール館以外にも、オルガン館や花の館、香りの館など音楽と花をテーマにして、珍しいものや可愛いいものを見る事が出来た。
「あそこの人集りはなんだろうね!」
美琴が指差した方の広場には人集りがあり、歌声も聞こえてきた。
「誰かが歌っているみたいだな。有名人でもいるのかな」
その人集りに言ってみると、有名人ではなく園に訪れた人が歌うのど自慢大会だった。演奏に使われている楽器はオルガンとオカリナで、可愛い服を着たお姉さんが演奏をして、観光で訪れたおばさんが歌っていた。なかなかに歌が上手いおばさんだ。
おばさんが歌い終わり、見ていた人が拍手を送る。おばさんは参加賞の香り袋を貰っていた。そして奏者のお姉さんが「次にどなたか歌いませんか」と声をかけていた。
「倭人くん、歌ってみてよ!」
「いや、それはちょっと恥ずかしいだろ」
「旅の恥は書き捨てだよね! はいはい、倭人くんが歌いまぁす!」
「お前、何を勝手に」
周りの人達からも拍手が飛び引くに引けなくなってしまった。
「みぃこぉとぉ〜」
「がんばれ、倭人くん!」
たくぅ。とりま、月末にあるカラオケ大会の前哨戦だと思って腹をくくる。
「えっ?」
と思った矢先に虚を突かれた。お題目が決まっていたのだ。そりゃそうか、この和みの園で派手な歌は場を壊してしまう。お題目の曲も花をテーマにした歌ばかりだ。
「お兄さん、どれにします?」
奏者のお姉さんが聞いてきたけど、さてさて、知っていて歌えそうな曲はニ曲。しかしチューリップを歌うのは恥ずかしいから残りのもう一曲、『花びらの季節』を選んだ。
『花びらの季節』は古い曲だけど、アニメ『ハルカツ』で使われていたので、カラオケで何度か歌った事がある。勿論ヒトカラだから、人に聴かせた事は一度もない。
「『花びらの季節』でお願いします」
どうせ一番の春のパートで終わりだし、それなら直ぐに終わる。ちゃっちゃっと歌って、速攻撤収だ。
湖畔から吹く少し冷たい皐月の風が、足元の青い芝を撫でるなか、耳に心地よいオルガンとオカリナの伴奏を聴く。
穏やかなリズムにマイクを握る手の力も和らいでいった。歌いだし、外すなよ俺。
「春の風をあなたは憶えていますか……」
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