第38話 花びらの季節
【とある奏者の演奏】
はぁ、ゴールデンウィークは書き入れ時だから仕方のない事ですが、外で演奏するにはまだ寒いんですよね。
先ほどのおば様で午前は終わりですね。一応オカリナ担当の響子さんが皆さんに伺っていますが、誰も出てくる様子はありませんね。
「はいはい、倭人くんが歌いまぁす!」
元気な女の子が手を上げてきましたね。あら、綺麗な女の子。でも歌うのは彼氏のようです。ふむ、顔はまずまずの男の子ですね。
彼氏さんが選んだのは『花びらの季節』。四季の歌のため一節は短く良い選択です。
私と響子さんが音を奏でます。その音に彼氏さんが歌いだしました。……えっ!?
「春の風をあなたは憶えていますか
ミツマタの咲く山道 二人で通ったあの頃
幼かったあなた 伝えられな無かった幼いわたし
今でもその言葉を……」
上手い! そして綺麗な声。優しく私の耳に響いてきます。一音も外す事なく素敵に紡ぐ歌に不思議と私の指は二節目を弾いていました。
オカリナを吹く響子さんも、自然と二節目を吹いています。そして、賑やかだった観客の方々も静かに彼氏さんの声に耳を傾けていました。
湖畔から吹く風に乗って、優しい彼氏さんの歌声が園内に広がっていきます。冷たかった風を温めながら……。
◆
疲れた。結局最後まで歌わされてしまった。
そして、なんでこんなに人が集まってるんだ? 最初は十人ぐらいしかいなかったのに、今は二、三十、いや、もっといるかも。そして、皆さんが拍手を贈ってくれていた。
「君、凄く歌が上手いね」
オカリナを吹いていたお姉さんが、俺の方へと歩いてきた。
「い、いえ、それほどでも」
「謙遜しないの。私はプロよ。プロの耳に君の歌が震えたわ。紛れもなく君の歌は本物よ。声も素敵だし、即興で歌って音程を一回も外す事なく歌い切るなんて凄すぎよ」
プロの人に褒められて凄く嬉しいんだけど、恥ずかしさが勝ってこの場から離れたい。
「彼氏さん、私も感動しました。『花びらの季節』は簡単そうな曲ですけど、サビの部分は凄く難しいんです」
「そうでした! なんでアガサバージョンだったんですか! めっちゃきつかったんですけどぉ」
アガサバージョンとは作曲家アガサナツミが編曲した鬼バージョンで、ゆったりとした曲の『花びらの季節』が、アップテンポになり、音の高低差も大きくて歌うのにめっちゃ体力を使う。俺が疲れた原因はサビ以降がアガサバージョンに変わったせいだ。
「でも彼氏さん、しっかりと歌いきったではないですか」
「お客さんも満足しているし、手を振ってあげなよ」
オカリナを吹いていたお姉さんに言われ、軽くだけお客さんの方に手を振った。
おおッ! 凄い沢山の拍手が帰ってきた。
「彼氏さんにこれをプレゼントしますね」
オルガンを演奏していたお姉さんが俺に手渡したのは、ピンクのくまのぬいぐるみだった。美琴が欲しがっていたやつだ。
「い、いいんですか?」
「素敵な歌のお礼ですよ。私達を感動させてくれた人にプレゼントしていますから」
俺はその言葉で素直に貰う事にした。
「ありがとうございます」
頑張って歌ったかいがあったな。ピンクのくまを掲げて、美琴の方に向けて振ってみたら、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。
その笑顔に向かって俺は走り始めた。
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