第47話 メイク

「田中くん、残念だったね」

「……田村だ、憶えてやれ」


 カラオケ大会の予選が始まり、前半の十人が歌い終わった。今のところ、九五点を超えたのは一人だけで、田村は九二点。現時点で六位で既に予選落ちが確定している。


 受付の神谷さんの話しでは後半に実力者を集めているとの事で、カラオケ姫こと山崎和佳奈さんがラストに歌うプログラムになっている。

 ライバル店からの刺客とはいえ、テレビにも出ている有名人だ。ラストにして貰わないと、俺も含めて尻込みしてしまう。



「凄えな、あの人」

「うん、千手観音様みたいだね」


 後半のトップに出てきたおばさんは、背中に千本の手を背負った衣装で、演歌を熱唱した。見た目に通りの太い声量で、歌も凄く上手い。結果は九六点で暫定トップとなった。



「メイク濃すぎませんか?」

「東山君はこれぐらいした方がいいのよ」

「美琴はいいんですか?」


 美琴のメイクはアイシャドウを塗った程度で終わったのに対して、俺は地肌作りから始まってファンデーションにアイシャドウ、付けまつ毛等の徹底ぶりだった。


「美琴ちゃんは元がいいからね!」

「…………元が悪くてすんませんね」


 美琴と比べた俺が馬鹿でした。


 そしてメイクが終わり、神谷さんが用意してくれた『星屑のナイトメア』の学園の紺色の制服に袖を通した。学園祭バージョンのコンサート衣装は決勝戦で使う事になっている。


 神谷さんが美琴の髪にヘアーチョークで青く染めた後に、袋から取り出したのは金髪のウィッグだった。


「本当にかぶるんですか?」

「イッエースッ!」

 

 サムズアップをする神谷さん。


「東山君の髪質だと染めるよりウィッグの方がいいのよね」

「はあ……さいですか」


 諦めて金髪のウィッグをかぶる。鏡には東山倭人とは似ても似つかない男が立っていた。確かにこれなら鳳凰おおとり史也と名乗ってもいいかもしれない。


「頑張ってね、東山君、美琴ちゃん! 私の友達も応援に駆けつけて来てくれたから!」

 

 神谷さんの友達? 嫌な予感しかしないんだが……。



 後半戦も残すところ五人となった。俺と美琴は一七番目に歌う。つまりは次って事だ。


 今のところ九五点を超えたのは二人だけ。いま歌っているお兄さんはちょっと厳しいだろうな。


「美琴、大丈夫か?」

「何が?」


 首をコトンと倒し、プレッシャーのプの字も感じさせない美琴。腐海の森に棲み、絶叫マシンも軽く乗り回す美少女は鋼の心臓を持っているようだ。


「何でもねえよ。行くぞ」

「うん」



「きゃあぁぁぁ! 史也ぁぁぁ!」

「颯太くんが可愛いすぎるぅぅぅ!」


 ステージに上がって飛んで来たのは、『星屑のナイトメア』の主人公、鳳凰おおとり史也と、相方のすめらぎ颯太への声援だった。


 会場の左側にいるお姉さん達の集団が、神谷さんの友達の腐女子グループであろう事は間違いなさそうだ。


「ねえ、ねえ、あれって『星屑のナイトメア』だよね」

「うん! 史也だよ! めちゃめちゃカッコいいかも!」


「あの女の子、男装しているけどめっちゃ可愛くね!?」

「アイドルとかか!」

「名前はすめらぎ颯太って言うらしいぜ」

「それって役名じゃね?」


 俺たちのコスプレは、観客席では高評価を得た感じだ。って言うか野郎どもが、美琴ばかりを見ている事がなんだかムカつく。


 軽快なイントロが流れ、美琴のマイクを握る手に力が入る。出だしは美琴からの歌い出しになる。


「風に乗る僕らの旅は――♪」


 

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