第19話 おはよう倭人くん
ゴールデンウィークを来週に控えた四月下旬。朝はまだ冷える日があり、今朝がそうだった。
布団の中は心地よい暖かさがあり、ガキの頃に一緒に寝ていた猫のカルパカを思い出した。カルパカは、今はお婆さんの家に預けられている。
そして心地よい暖かさはカルパカよりも大きく、俺に抱きついていた。そして柔らかい。……柔らかい???
「…………うっ!?」
昨夜、美琴の手の温もりを感じている間に寝てしまったのか!しかも、美琴の布団の中に潜り込んでしまっている。
ヤバい。
いや、服は着ている。ヨシ、大丈夫だ!
いやいや、そうじゃないだろ! ちょっと腐り気味だが、間違いなく学年一の美少女だ。そんな美少女と同衾してしまった。
どぉすんだ、どぉすんだ、どぉすんだ俺ッ!
まだ美琴は寝てるから、そっと出て無かった事にするしかない。幸いにして服は着ているんだ。悪い事はしていない。……筈だ。
しかし、俺の首元にからまる美琴の
「そっと、そっと、そぉぉぉっと」
「んっんんっ」
「なっ!?」
絡まる腕を取る予定が、寝ぼけている美琴の腕によって、俺の首元に加えて、俺の腕までもがホールドされてしまった。
「チッ、寝相の悪い女だなっヒィィイッ!?」
背後の美琴の顔が近いのか、俺のうなじに美琴の息が吹きかかる。ゾワゾワゾワと俺の全身に鳥肌が立った。
「ええぃッ、やめぇいッ!」
俺はホールドされている美琴の腕を強引に振り解いて、美琴の
「んっ、おはおう、倭人くん」
美琴が目を覚ましてしまったよ? 寝ぼけまなこの美琴さん、百二十%覚醒した俺。しかし状況は
「お、おはようございます……美琴……さん」
「ん、はよ。はよ?」
◆
結論から言おう。美琴からのお咎めは一切無かった。それが逆に俺に恐怖を与えている。何故ならば、美琴が朝から矢鱈とニコニコしているからだ。
「コーヒーにミルク入れるか?」
「うん」
「クッ」
ニコニコとした瞳で俺を見る美琴。俺の事を散々ストーカーだ、変態だと喚いた美琴が沈黙しているのは、まさに恐怖でしかない。それは『こちとらテメエをいつでも警察に付き出せんだぞゴラァ』と瞳が語っているかのようだ。
「倭人くんは今日は何するの?」
コーヒーの入ったカップを口に運びながら美琴が俺に聞いてきた。金の無い貧乏高校生が土日にやれる事なんかたかがしれている。
「まあ、先ずは美琴の部屋の掃除からだ」
「えっ、
「掃除だッ、掃除ッ!掃除を抜かすなッ!」
このポンコツ娘、俺の話のどこ掻い摘んで聞いてんだ!
美琴の辞書に『部屋の掃除』という言葉が無いが故に、最初と最後だけを繋げたと思いたいが、暗に昨夜の同衾を匂わせているとも思える。
意外に狡猾な女なのか!?
見れば会話を忘れて熊のぬいぐるみと遊んでいる。いや、コイツはアホなだけだ、アホなだけなんだ。美琴のアホを信じろ東山倭人!
「お前の部屋の掃除だよ!」
「大変だね。頑張ってね」
ぷちん、と何かが切れた音がした。
「お前もやんだよ!」
「えええ、掃除なんて大晦日にやるもんだよ」
ぷちんぷちん、と更に何かが切れた音がする。俺は美琴から熊のぬいぐるみを取り上げた。
「掃除が終わるまで、とまとは没収だ!」
「酷いよ、鬼だよ、悪魔だよぉぉぉ」
「なら美琴はとまとが黒い虫と友達になってもいいのか?」
「うぅぅぅ、それはヤダ」
「ならほら、とまとの為に掃除してやらないとな」
「う、うん、とまとの為に掃除するよ!」
神無月美琴十六歳。人生で初めて掃除の意味を知った瞬間であった……。やれやれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます