第35話 俺は義妹に無双する!
「昂ノ月さん、少し聞いてもいいですかね?」
夜もふけ、美琴は昼間にはしゃいでいたせいか、そうそうに寝てしまった。
俺が暗がりの布団でスマホを弄っていると、本日三度目の温泉から戻ってきた、浴衣姿の昂ノ月さんに質問をしてみた。
「何でしょうか?」
「美琴は何で一人暮らしをしているんだ? 残念ながら美琴は一人暮らしに全く向いていないんだが」
掃除、洗濯、自炊に加え風呂にさえろくに入らない美琴。俺が隣の部屋じゃ無かったら今も悪臭女子を続けていたかもしれない。
「お嬢様からは何か聞いていますか?」
「家には戻りたくないとだけ聞いているけど」
「そうですか」
昂ノ月さんは冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出して、一口だけ飲むとキャップを締めた。
「お嬢様には血の繋がらないお兄様がいらっしゃいます。そのお兄様であられる翔吾様がお嬢様に恋心を抱いてしまいました。翔吾様がお嬢様の部屋に忍びこんだり、お風呂を覗いたり、洗濯物が無くなったりと色々有りまして……」
そう語る昂ノ月さんから、殺気を帯びた黒いオーラが漂い始めた。手に持つミネラルウォーターのボトルがメキメキ音をたてる。
「それを知った旦那様が高校入学を気に二人を離す為にお嬢様を一人暮らしさせたのです」
なるほど。世にいう『俺に美少女の義妹が出来ました。俺は義妹に(影から)無双する! デヘヘ』的な展開か。
「しかし美琴に一人暮らしは無理が有りすぎでしたね」
「……はい。私もここまで駄目だとは予想もしていませんでした。お嬢様がお館を出る時には『大丈夫、大丈夫』と、とても自信に満ちたお顔でしたので」
「ああ、美琴の笑顔と大丈夫は信じちゃ駄目なヤツだな」
「……はい」
少し肩を落として溜息をつく昂ノ月さん。
「暫くは俺が美琴の面倒はみてあげるから、少しは安心して下さいよ」
「えっ、暫くのあいだだけですか? 東山様は引っ越しされるとかですか?」
「いや、美琴に彼氏が出来たら、俺が美琴の部屋に出入りする訳にはいかないですからね」
「……フフ、なら暫くは……、いえ当分は安心出来ますね」
「……暫くは美琴に彼氏は出来ないと?」
「さて、それはどうですかね」
フフフと笑った昂ノ月さんはミネラルウォーターのキャップを開けて、もう一口のんだら、冷蔵庫の中へボトルをしまった。
俺は美琴に視線を動かして、幸せそうに眠る美少女の寝顔を見ていた。
「美琴の彼氏か……」
◆
青い月明かり。夜に吹く風はまだ冷たく、遠くを見れば黒い巨体で居座る富士山が見える。
「一度入っておきたかったんだよね」
檜で出来た露天風呂。露天風呂がある部屋に泊まったのは初めてで、有るならばやっぱり入っておきたい。
昂ノ月さんにはことわってあるし、カーテンも閉めてきたから大丈夫なはずだ。
見上げればキラキラと無数に光り輝く満天の星空が見える。
「綺麗な星空だなぁ」
「そうですね。都会では星なんて見えませんもんね」
「ああ、そうだなぁ……ぁぁぁあああ!」
檜風呂に浸かって、縁に頭を乗せた後ろから聞こえた声は昂ノ月さんだ。
「な、な、何やっちゃてるんですか!」
「ふふふ」
ふふふ、じゃないでしょッ!!!
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