第22話 今が幸せ

「なんか楽しそうだな?」


 下校の道中、いや、昼休みの終わりから美琴が矢鱈とニヤニヤむふふ的な顔をしていた。


「えへへへぇ、氷川さんに褒められたから、かなぁ〜」

「美琴がか? 褒められる様なモノは1つも無いだろ?」

「それ、酷くなぁい!?」

「じゃあ、何があるんだ?」

「それはねぇ………」

「…………」


 ワンルームマンションへの帰り道、甘い香りが漂うケーキ屋さんの前を通過する。先日食べた苺のケーキも、美琴がこのお店で買ってきている。


「……甘いものなら何でも食べれるよ?」

「……それは褒めるところか?」

「ゔぅぅぅぅぅ」


 どうやら何も思いつかない美琴は、涙目で俺に訴えかける。美琴の良いところは、明るい性格、表裏のない竹を割った様な性格、ある意味忘れっぽい性格も良いところだろう。


「で、氷川さんからは何を褒められたんだ?」

「あ、うん、倭人くんのお弁当だよ!玉子焼きの味付けが凄くいいって!」

「はっ? 俺の弁当?」

「うん! 手作りハンバーグも凄く美味しかったって、めっちゃ褒めてたよ」


 昨日が休みだったから、弁当の仕込みが出来た。普段の弁当なら冷凍ハンバーグだ。


「氷川さんと俺の話をしてたのか?」

「うん。倭人くんは料理も出来て、お掃除も出来て、洗濯も出来て、優しくて、手を握ると暖かくて、実は顔もカッ…『おい、おい、何を喋ってんだよ』」


 今の流れを聞いて俺はとある不安を感じた。


「美琴、氷川さんに俺が隣に住んでいる事を話したのか?」

「うん!」

「うん、じゃねえよぉぉぉ」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!


「美琴は氷川さんの連絡先を知ってるか?」

「あ、うん。ライン交換したよ?」

「俺が隣に住んでいる事を人に言わない様に伝えてくれ」

「どうして?」


 俺の命が危ないって言っても、美琴には理解して貰えるか微妙だ。学校を出るまでの間、俺に向けられる殺気を帯びた野郎共の視線に、美琴はまったく気がついていなかったからな。


「野郎共に知れ渡れば、野郎共が俺の部屋に入り浸る」

「なんで?」

「まあ聞け。そうなるとお前は俺の部屋には来れなくなる」

「………やだ」


 美琴はその理由を俺に聞くこともなく「やだ」と答えた。俺も美琴に会えなくなるのは嫌だ。昼間の田村との会話が脳裏をよぎる。


「俺も……美琴と会えなくなるのは嫌だ」


 その時、大型ダンプが俺達の横を走り抜けた。


「えっ? よく聞こえなかったよ」


 ふぅ〜、どうかしているぞ俺は。美琴は学年で一番の美少女だ。十五年間彼女無しの俺には眩し過ぎる。

 

 今が、今が幸せなら俺は……。


「俺も今のままがいいんだよな。余計な奴らに邪魔されたくないんだ」

「うん、そうだね! 氷川さんには連絡しておくね」

「宜しく頼むよ」


 楽しそうに微笑む美琴の顔をその時が来るまでは、俺だけがずっと見ていたい。


 今がずっと続くといいな。

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