第46話
テレビの音だけがやけに賑やかに響いている。
その時だった。
母親が突然泣き始めたのだ。
それは小さな子が癇癪を起こすのと似ていて、大きな声を上げている。
父親はそんな母親を抱きしめ、背中をさすった。
なんだよ……。
なんだよ、これ!!
俺は自然とその場から後ずさりをしていた。
俺が1人いなくなっただけで、こんなにも変わってしまうなんて急に恐ろしくなった。
人間1人の命って、そんなに重たいのか?
何人もの人間の生活を狂わせるくらい、重大なことなのか?
「旺太! 旺太!!」
母親は泣きじゃくりながら俺の名前を呼ぶ。
俺は咄嗟に母親の手を握りしめていた。
「俺はここにいる! ここにいるから!!」
懸命に声をかけるが、母親には通じない。
涙はとめどなく流れ、声がかれるほどに俺の名前を呼ぶ。
父親はそんな母親を抱きしめて、無言のまま泣いていた。
俺はここにいるのに……!
苦しくて、辛くて、申し訳なくて。
俺はスッとリビングを出たのだった。
☆☆☆
リビングを出た後も母親の鳴き声はずっと響いていた。
それを振り払うように、俺は和室へと足を進めた。
一階の一番奥の部屋は和室になっていて、そこにはばあゃんがいる。
ばあゃんもあんな風になっているかもしれないと思うと足は重かったけれど、その顔をもう1度見ておきたかった。
俺は一番奥の茶色のドアをスッとすり抜けて入って行った。
和室の真ん中にチョコンと座っている小さな背中。
俺はその背中を見た瞬間、ホッとしていた。
いつもと変わらないばあちゃんの香りもする。
「ばあちゃん……」
そう呟き、前へと回る。
するとばあちゃんは居眠りをしていた。
その様子にクスッと笑う。
ちゃんとベッドで寝ないと風邪をひくかもしれないと思いながらも、俺はその寝顔を見ているしかできなかった。
部屋の隅に置かれている仏壇に目をやると、そこには俺の写真が飾られていた。
死ぬ、少し前に撮った写真だ。
沢山の花と、俺の好きなお菓子やジュースが並べられている。
その中にはクラスメートからと思われる手紙も何通かあった。
俺って案外みんなから好かれていたんだな。
特別な才能はないし、努力もそこそこ。
そんな俺でも思ってくれている人は沢山いた。
その事を、改めて感じさせられた。
その時だった。
いつの間に目が覚めたのか、ばあちゃんが立ち上がろうとしていた。
ばあちゃんは俺が死ぬ前から足が悪くなり始めていて、立ち上がるのに苦労していた。
いつもは家にいる誰かが付きそって歩いていたのだけれど……。
ばあちゃんは誰も呼ばず、自分の力で立ちあがっていた。
ヨタヨタと少しずつ少しずつ歩いて行く。
いつこけてもおかしくなくて、俺は不安になった。
でも、ばあちゃんは1人で部屋を出ると、ゆっくりゆっくりトイレまで歩いて行ったのだ。
その時、ばあちゃんは不安そうな顔でリビングの方を見た。
母親の泣き声はまだ続いている。
あぁそうか……。
家族がこんな状態だから、ばあちゃんは手助けしてもらう事をやめたのかもしれない。
自分のことは自分でしなさい。
生きていた頃俺はばあちゃんにそう言われて育ってきた。
だから俺は身の回りのことは大抵できていたし、母親が忙しい時の手伝いもしていた。
だけどそれは元気なうちの話で、年をとって自由がきかなくなってからは人を頼りにすればいい。
ばあちゃんは今、家族に迷惑をかけないようにして少し無理をしているのかもしれなかった。
バタンとトイレのドアが閉められる。
「ばあちゃん……」
小さな背中で頑張るその姿が、胸に痛かった……。
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