自殺列車
西羽咲 花月
第1話
田舎の、小さな駅舎が見える。
改札口の向こう側にすぐホームが見え、線路は1つしかない。
あたしの前をヒラヒラと踊るように飛んでいた青い蝶は、駅の入り口をスイッと抜けてホームへと出た。
あたしはその美しさに見惚れたまま、フラフラと無人改札を抜けホームへと立った。
「あれ……?」
ホームへ出たのはいいけれど、さっきまで人を誘うように飛んでいた蝶の姿はどこにもなくて、あたしは周囲を見回した。
小さなホームにはあたしの他に5人の男女がいて、それぞれ本を読んだり、欠伸をかみ殺したりしている。
そのどこにも青い蝶の姿はなく、あたしは肩を落とした。
その蝶は歩いていたあたしの前に突然現れたのだが、今まで見たことのない美しさに思わず浮いてきてしまったのだ。
昆虫などには興味のかけらもないあたしが、どうしてあの蝶にそれほど魅入られていたのか、その姿が見えなくなった今は疑問だけが残ってしまった。
このまま電車を待つわけにもいかず、あたしは入ってきた改札へと足を向ける。
その時だった。
ブワッと強い風が吹き、あたしは自分の顔を庇うように腕で顔を覆った。
砂ぼこりがまき散らされ、枯れた木の葉が舞い上がる。
もう、なに?
そう思い目を開けたとき……あたしの視界に真っ黒な電車が映った。
「え……?」
いつの間に?
そう思い、改札へ向いていた足が電車の方へ向き直る。
電車は2両編成で、進行方向のドアだけが開いた。
しかし……ホームにいる誰もが動こうとせず、あたしは周囲を見回した。
蝶に誘われてフラフラとここまで来てしまったあたしとは違い、他の人たちは電車を待っていたはずなのに、みんな一様に電車を見つめているだけで乗ろうとしない。
早く乗らなきゃ出発してしまうかもしれないのに、みんなどうして乗ろうとしないんだろう?
そう思った時、電車のドアから男の人が1人下りてきた。
その人は黒いスーツに身を包み、車掌さんの帽子を被っている。
電車からユラリと姿を見せた車掌さんは、あたしを入れてホームにいる6人を手招きした。
『早く乗れ』
そう言われているような気がする。
電車に乗るつもりで来たわけじゃないあたしは、それを無視して歩き出そうとしていた。
けど……。
目の前にあの青い蝶が現れたのだ。
「あっ……」
思わず声を出し、その後を追う。
蝶の青い羽は日の光を浴びてキラキラと輝き、金色の鱗粉(リンプン)をなびかせて踊る。
それはまるで人間を楽しませているかのようにも見える。
蝶を追っていると誰かにぶつかってしまい、あたし足を止めた。
見上げると、先ほどの車掌さんがこちらを見下ろしていた。
その顔は恐ろしいほど青白く、生気を感じさせなかった。
「あ……ごめんなさい」
すぐに謝り、数歩後ずさる。
すると車掌さんは、『乗れ』と言うように、手で合図してきたのだ。
「あ……いえ、あたしは……」
慌てて左右に首を振る。
その時だった。
蝶がヒラリと舞って電車の中へと吸い込まれていったのだ。
「あ、待って!」
咄嗟に足が動いていた。
蝶を追いかけて、電車の中へと足を踏み入れる。
電車の中に入ったとたん、あたしは足を止めた。
白色の通路以外が、すべて黒で塗りつぶされたような車内に、唖然としてしまう。
椅子も、手すりも、すべてが黒いのだ。
「こんな電車初めて……」
そう呟き、つり革に触れる。
つり革はヒヤリと冷たくて、思わず身を震わせた。
そして椅子に座ってみたとき、開いていたドアが閉められたのだ。
ハッと気が付けば、さっきまでホームにいた人たちもみんな同じ車両に乗っているのがわかった。
自分1人でこの電車に乗ったのではない事がわかり、ひとまずホッと胸をなで下ろした。
あの蝶はどこへ行ったんだろう?
確かにこの中へ入って行ったのに……。
しかし、どこを見回してみても蝶の姿はない。
奇妙な出来事に首を傾げていると、真っ黒な電車はゆっくりと動き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます