第2話
ガタンッと電車が揺れて、座っていたあたしの上半身も大きく揺れた。
さっきから動き始めたこの電車だけれど、いつまで待っても行先を告げるアナウンスが流れてこない。
普通、出発前になると《○○行、各駅停車いたします》とかなんとか、そういうのが流れるはずなのに。
まぁいいか。
次の駅で降りればいいんだから。
そう思い直し、あたしは電車内に乗っている人たちを見回した。
みんな若くて、もうすぐ高校2年生に上がるあたしと同じくらいの年齢かもしれない。
社会人、という雰囲気の人は誰もいない。
みんな一様に黙り込み、不安げに外を景色を眺めていたり、ムスッとして足を組んでいたりする。
みんなはどこへ行くんだろう……。
蝶に誘われて乗ってしまったあたしとは違い、それぞれに目的地があるはずだ。
あたしは乗客から視線を上へと移動した。
前の車両とのつなぎ目を見ると、電光掲示板が設置されていて《残り30》という文字が流れている。
あたしはその文字に首を傾げた。
普通、あの掲示板には次の停車駅の名前が流れているはずだ。
それなのに、残り30って何?
不思議に思い、掲示板をジッと見つめていた時、突然強い衝撃があり、あたしは小さく悲鳴を上げた。
その衝撃は電車が何かに激突したような衝撃で、あたしの体は左右に揺さぶられ、座っている状態でもバランスを保つことができなくなっていた。
車内のあちこちから似たような悲鳴が上がり、バランスを取れなくなった人たちが通路に投げ出されてしまっている。
あたしは椅子の上でうずくまり、投げ出されないよう必死に椅子の皮を掴んでいたのだった。
☆☆☆
その衝撃は数分の間に収まっていた。
気が付けば揺れは止み、周囲は静かになっている。
「今の……なに?」
誰かが不安そうな声を出したので、あたしはようやく椅子から顔を上げた。
見ると、乗っていたほぼ全員がその場に立ち上がり、唖然とした顔で窓の外を見ている。
一体なにがあったんだろう?
あたしは同じように視線を窓の外へと向けた。
その瞬間……真っ黒な闇が見えた。
窓の外に今まで広がっていた景色はどこにもなく、夜よりも更に深い闇がそこに存在していたのだ。
夜なら、目を凝らせばまだ室内の様子を伺う事ができる。
だけど、外に広がっている闇は一寸先も見えないままだ。
深い深い闇を目の当たりにしたあたしは、慌てて席を立って窓から離れた。
「どうなってんだよ……」
あたしの隣に立っていた金髪頭の背の高い男が呟く。
それに対して返事をする人は誰もいなかった。
誰もがこの事態に唖然としているばかりだ。
「これじゃ走ってるかどうかもわからないね」
そう言ったのは、小柄な女の子だった。
色白で、今にも倒れてしまいそうなほど細い。
「停まってるんじゃないか? 走っているような揺れを感じない」
女の子の言葉に返事をしたのは、優しそうな雰囲気をした男の子。
栗色の髪がフワリと揺れている。
「停まってるなら、ここはトンネルの中ってこと?」
そう言ったのは、赤い髪をしたとても派手な見た目の女の子だった。
口には沢山のピアスをつけているけれど、たぶんあたしとそんなに変わらない年齢だ。
「トンネルの中なら、トンネルの壁くらい見えるはずだよ」
そう答えたのは、色白で華奢な男の子だった。
子の中では一番年下のように見えるけれど、目の下にはクマがあり疲れた顔をしている。
「と、とにかく。みんな怪我はないですか?」
あたしは周囲を見回してそう聞いた。
「あぁ、俺は大丈夫だ」
栗色の髪の男の子が答えてくれる。
「あたしも平気。みんなは?」
口ピアスの女の子がそう聞くと、みんなそれぞれ大丈夫だと頷いてくれた。
よかった。
とりあえずここに怪我人はいないようだ。
ホッと、胸をなで下ろした時、金髪の男の子が車両の継ぎ目へと歩き出した。
「隣の車両ならさっきの車掌がいるかもしれねぇから、言ってくる」
あたしたちにそう言い、継ぎ目を開けるドアに手をかける。
しかし……。
「あれ?」
そう呟き、首を傾げたのだ。
「どうした?」
栗色の髪の男の子が近づいていく。
「ドアが開かねぇんだ」
そう言い、ドアをガタガタと揺らす。
しかし、ドアはびくともしないようだ。
「まさか。代わってくれ」
栗色の男の子がドアに手をかける。
しかし、やはりびくともしない。
全体重をかけてドアを引いても、ちっとも動かないのだ。
その様子にあたしの不安は徐々に募って行きはじめる。
こんな真っ暗な中ドアが開かないなんて、大丈夫なんだろうか?
もしかしたら今、車掌さんは外部と連絡を取っている最中かもしれない。
あたしは車両のつなぎ目へと足を進めた。
ドアの上半分はガラス窓になっていて、前の車両の様子がわかるはずだ。
そう、思ったけれど……。
2人の間から窓の様子を見ると、前の車両は真っ暗になっていてなにも見えない状態なのだ。
まさか、さっきの衝撃で停電でもしてるの?
でも、それならあたしたちの乗っている車両の電気がついているのはおかしい。
それに、この暗さ……。
まるで、外と同じような闇が前の車両にも続いているのだ。
目をこらしても、何も見えない闇だ。
「前の車両の人たちは大丈夫なのかな……」
この電車に乗っていたのはあたしたちだけじゃないはずだ。
だけど向こう側には人影も見えなくて、あたしは諦めて息を吐き出したのだった。
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