第20話

3月5日という新しいパーツが出てきた時、車内にジジッと微かな音が聞こえてきて、あたしはハッとした。



「今の音、聞こえた?」



「あぁ、聞こえた」



頷く旺太。



他の2人も頷いた。



すると次の瞬間、男の声で車内にアナウンスが流れ始めたのだ。



《残り30。残り30》



それは電車内のアナウンスと同じような声色で響き渡る。



「やっぱり、隣の車両に誰かいるんだ!」



「車掌さんでしょう? アナウンスできる状況にいるってことだよね!?」



あたしたちはほぼ同時に立ち上がり、前の車両との継ぎ目へと急ぐ。



前の車両はまだ暗闇に包まれていて、何も見えない。



だけど、確かにアナウンスは流れたんだ。



旺太と朋樹がドアを叩き「助けてくれ!」と、叫ぶ。



あたしと愛奈もそれに続いて声を上げた。



「お願い、助けて! ここから出して!!」



「そっちの車両に誰かいるんだろう!? 助けを呼んでくれ!!」



「こっちでは死人が出てるんだ! 助けてくれ!」



それぞれが懸命に声を張り上げる。



しかし、暗闇の中に人の気配は見当たらない。



しばらく大声で叫んでいたが、何の反応も返ってこなくてあたしたちの声は徐々に小さくなって、やがて消えてしまった。



「なんで反応してくれないんだよ!」



朋樹がイラついたようにドアを蹴る。



「やめろよ。お前がイライラしてると、俺たちまでイライラしてくる」



そう言い、旺太が朋樹を止めた。



「《残り30》ってどんな意味があるんだろう? この電車に乗った時も電光掲示板に同じ言葉が流れていたけれど……」



あたしは呟く。



なんの意味もなく、《残り30》という言葉を使っているようには思えない。



きっと、なにかのヒントになっているハズなんだ。



「あと30駅で終点とか?」



愛奈が言う。



「この電車は動いてないのに、そんなアナウンスしないだろ」



朋樹がすぐにそう返事をする。



「終点まで30駅なんて、いくらなんでも多すぎるだろ。もっと別の意味があると思う」



と、旺太。



だけど、それがわからない。



その時、旺太が身をかがめて何かを手に取った。



手にもったそれはネジだった。



「これ、網棚のネジが一本外れて落ちたんだな」



旺太はそう言い、視線を上へと上げた。



あたしは背が小さくて見えないけれど、網棚を固定しているネジが外れているみたいだ。



まぁ、一本くらい外れていても大丈夫だろうけれど、こういうのを放置しているなんて危ない。



点検がちゃんと行われていないのだろうか?



そう思っていると旺太がまた屈みこみ、そしてネジで床に傷をつけ始めた。



ガリガリと音を鳴らしながら旺太は何かを刻んでいく。



「何してるの?」



「今までの出来事を整理しようと思ってな」



そう言われてよく見て見ると、旺太は床にここでの出来事を順序立てて書き出している所だった。



ここには紙も鉛筆もないけれど、こうして文字を書く事ができる。



文字にすれば頭の中で整理もしやすくなるし、あたしは旺太に関心していた。



しかし……。



いくら文字にしてみても、わからない事が次々と起きている中で答えを見つけるのは困難だ。



旺太は最後に《残り30》と書いた。



その瞬間、全身がビリビリとしびれるような感覚に襲われ、呼吸が乱れた。



どこかで見たか、聞いたことのある文字だと思った。



だけど、いつ、どこで?



それが全くわからないのだ。



あたしは何かを忘れている。



なにか、大事な事を……。

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