第40話~旺太side~
それは試験が終わって翌日の事だった。
3月5日。
試験返却があるため、俺は学校へ向かっていた。
たった2時間で終わる学校を疎ましく思って登校して来ない生徒もいるけれど、特にやることもない俺は真面目に登校する生徒に混ざっていた。
今日は午後から休みだし、どこか遊びに行こうかな。
そんな事を考えながらダラダラと歩いて行く。
学校までの道のりは徒歩15分程度で、大きな通りを真っ直ぐ行けば到着する。
いつもの通いなれた道だった。
登校途中にはいくつか横断歩道があり、その1つは今は壊れて使えない状態だった。
季節外れの台風の影響を受けてしまったそうだ。
だから、そこを通る車はいつも以上に慎重に通っていたはずだった。
いくら一通勤ラッシュの時間だからと言って、スピードを上げて通る車はいなかった。
信号機が壊れている歩道を、1人の女性が渡り始めた。
それは通学途中によく見かける女性で、俺は彼女の手に白い杖が握られている事にすぐに気が付いた。
カンカンと地面を叩きながらゆっくりと渡って行く女性。
俺はポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。
まだ余裕のある時間帯だ。
普段ならそんなに心配もしなかったかもしれないが、時間に余裕があることで俺は女性へ近づいて行った。
横断歩道の半分ほどを渡っていた女性に声をかける。
「大丈夫ですか? 今ここは信号が壊れているから、一緒に渡りましょう」
そう言うと、女性はサングラスをかけた顔をこちらへ向けて微笑んだ。
「ご親切にありがとう」
遠くから見ただけじゃわからなかったけれど、自分と大して変わらない年齢に見える。
この時間から私服で歩いているという事は学校は行っていないか、盲学校に通っているのかもしれない。
俺は女性の手を取り、歩調を合わせて歩いて行く。
「よく、ここを通っていますよね」
俺がそう言うと、女性は少し驚いた顔を浮かべた。
「そうです。この先にある学校へ通っているの」
「俺も、丁度学校へ行く時間で、ここは通学路です」
そう言うと、女性は「学生さんなんですね」と、微笑んだ。
ほんの少しの距離が、とても長く感じる時間だった。
いつも遠くから見ているだけだった人と、今は肩を並べて歩いている。
それが嬉しくもあり、恥ずかしくもある時間。
なにより、隣にいる彼女はとても美しかった。
透明感のある肌につやのある黒髪。
俺は登校途中何度も彼女に視線を奪われた事がある。
「名前とか、聞いても大丈夫ですか?」
それは彼女からの言葉で、俺の心臓は一気に跳ねあがった。
憧れの彼女と会話ができただけでなく、名前を聞いてもらえるなんて思ってもいなかった。
「俺の名前は……」
ドキドキしながら俺は言う。
その瞬間だった。
全くスピードを落とさず車が走ってくるのが見えた。
思わずその場に立ち止まり、車を見る。
「どうしたんですか?」
俺が立ち止まった事で彼女もその場に立ち止まってしまった。
渡りきるにはもう少し距離がある。
でも、戻るには更に遠くなる。
車はすぐ目の前まで来ていた。
迷っている暇なんてない。
俺は咄嗟に彼女の体を抱きしめていた。
そして次の瞬間……ドンッ! という音が聞こえて来て、自分の体に強い衝撃が走り、周囲から悲鳴が上がった。
一体なにがどうなったのか。
一瞬の出来事でわからなかったけれど、気が付けば俺は車の下敷きになっていた。
うっすらと目を開けてみると、こけて膝をすりむいている彼女が見えた。
いけない。
病院へ連れて行ってあげないと。
そう思い彼女へと手を伸ばそうとする。
しかし、俺の体はちっとも動いてくれず、そのまま目を閉じてしまったのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます