第26話

「お……旺太!!」



振り向くと、旺太もその光景を唖然として見つめていた。



愛奈の舌に開いた真新しい穴は徐々に広がり、ボトボトと大量の血が椅子へと落ちていく。



「あ、愛奈……」



旺太も、あたしも、どうすることもできなかった。



きっと、愛奈は思い出してしまったんだ。



母親からの激しい虐待を。



そして、それが今幻となって再度愛奈を襲っているんだ。



「あぁぁぁぁぁ!!」



愛奈の叫び声が聞こえた瞬間、開きすぎた穴が愛奈の舌を切り落とした。



舌の半分ほどがボトッと落ち、あたしは悲鳴を上げた。



愛奈は苦痛に呻き、血と涙の中をもがき苦しんでいる。



愛奈は低いうめき声をあげながら、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。



それはまるでゾンビのような姿で、あたしは思わず旺太の後ろに隠れてしまった。



愛奈は半分になった舌で「ごめんなさい、ごめんなさい」と、繰り返す。



「暗くて狭い……それにとても寒いよ……ねぇお母さん窓を閉めて。このままじゃ凍えてしまう」



「愛奈、しっかりしろ!」



旺太が足を踏み出し、愛奈に近づく。



その瞬間、愛奈の目が見開かれた。



「思い出した! 思い出した思い出した思い出した!! 思い出したらダメなのに、外へ出るしかないのに!!」



途端にそう叫び、狂ったように床に頭を打ち付けた。



「あ、愛奈!!」



駆け寄ってあげたいけれど、体が全く動かない。



足はまるでコンクリートで固められているようにビクともしなかった。



「澪は事故、優志は病気、朋樹は喧嘩、あたしは虐待……あんたたちは……」



不意に、愛奈があたしを見た。



その血走った眼に後ずさりをするあたし。



口から血を垂らしながら愛奈がニヤリと笑った。



次の、瞬間……。



何かが愛奈の頭を強打した。



それはほんの一瞬の出来事で、気が付けば愛奈の頭は大きく凹み、そして倒れた愛奈は動かなくなっていたのだ。



時間が止まってしまったようだった。



旺太も、あたしも、その場から動けなかった。



ただ、愛奈は母親の幻によって殺されたのだということだけが、わかっていた……。

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