第25話
朋樹の体は澪と優志の隣に落ちてきて、顔面から着地したためその顔は消えてなくなってしまった。
首だけでは体重を支える事もできず、朋樹の体はゆっくりと横倒しになった。
「朋樹……」
愛奈が震える声で朋樹の名前を呼ぶ。
愛奈はよろよろと立ち上がり、朋樹の落ちて来た窓へと近づいていく。
「愛奈……」
とめた方がいいのかどうかわからず、あたしはその場にとどまった。
「朋樹は喧嘩。優志は病気。澪は? 澪はなにに当てはまってたんだ?」
旺太が早く何かのヒントを見つけようと、頭をかきむしる。
「あ……澪は足が軽くなったって言ってけど」
「そうか。そうだったな。だとするとこの言葉に当てはまるのは……事故、か?」
「そうかもしれない」
「穂香、お前は体の異変はなかったのか?」
そう聞かれ、あたしは自分の胸に手を当てた。
あの時、あたしは心がスッと軽くなったように感じていたんだ。
あれがきっと、あたしに現れた体の異変。
「あたしは……」
そう言いかけた瞬間、愛奈の悲鳴が車内に響き渡った。
ハッとして振り返ると愛奈はその場にうずくまり、ガタガタと震えているのだ。
「愛奈!!」
あたしは慌てて愛奈に駆け寄った。
「愛奈、どうしたの!?」
こんな状況にいて朋樹までいなくなってしまって、ついに耐えきれなくなったのかと思った。
でも、違う。
愛奈がこれほど叫びたい気持ちが、あたしには全く伝わってこないのだ。
この空間では感情も共有させるはずなのに……愛奈は今たった1人で恐怖に震えている。
「愛奈、あたしの声が聞こえる?」
あたしは愛奈の体を背中から抱きしめ、声をかける。
「愛奈、しっかりしろ!」
旺太も後ろから声をかけた。
しかし、愛奈にはあたしたちの声が届いていないようで、虚ろな目で空中を見つめている。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
愛奈はそこに誰かがいるように何度も謝り、泣き叫ぶ。
一体どうしてしまったんだろう。
「愛奈、大丈夫だからしっかりして!」
「ごめんなさい! 怒らないで! お母さん!!」
愛奈はそう叫び、自分の体を守るように抱きしめた。
お母さん……?
あたしは愛奈の言葉に唖然とする。
旺太はすぐに床に書かれた文字へとかけより、それを確認した。
《1人は虐待》
車掌さんの言っていた言葉が蘇って来る。
まさか、愛奈は……。
「寒い……寒いよ……お願いお母さん、窓を閉めて……」
小さな声で呟き、震える愛奈。
そうだ。
そうだった。
愛奈は窓から入る風で四季を感じていた。
でもそれが虐待となると……愛奈はいくら寒くても窓を閉める事を許されていなかったんじゃないだろうか?
それに、愛奈には日付の感覚がなく、学校にも行っていない。
その途端、愛奈が体をビクンッ! と大きく跳ねさせたのだ。
その目は見開かれ、真っ赤に充血している。
「お母さんやめて! ピアスの穴なんていらない! あたしの体に穴をあけるのはもうやめて!!」
母親の幻に向けて叫び声をあげ、懇願し、それでも幻は愛奈への虐待をやめない。
「あがっ……」
愛奈の口がめいっぱい開かれる。
舌を出し、唾液がしたたり落ちていく。
「愛奈……?」
あたしはその光景に恐怖し、思わず愛奈から離れてしまった。
その、瞬間。
愛奈の舌から一筋の血が流れ出た。
「あ……あ……」
愛奈は小刻みに痙攣を起こしながら、舌に走る痛みに耐えている。
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