第8話
「え……」
あたしは思わず立ちあがり、朋樹と優志の試合を見つめた。
「マジで?」
愛奈も目を丸くし、近づいてくる。
朋樹は本気を出していた。
顔は赤くなり、手には血管が浮き上がっている。
誰がどう見ても手加減をしている様子はない。
一方の優志も必死に力を入れている。
そして両者とも、腕の位置が微動だにしないのだ。
あたしは唖然としてその光景を見つめていた。
「互角だ……」
澪が呟くように言った。
そう。
この試合、誰がどう見ても朋樹の勝ちだったのに、互角に戦っているのだ。
「嘘だろ」
「信じられない」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。
あたしも信じられなかったが、一番信じられないという表情を浮かべていたのは明樹と優志だった。
「なんでだよ……!!」
朋樹がギリッと歯を食いしばり、更に力を入れる。
それでも、優志は動かなかった。
2人とも試合開始前と同じ場所で止まっている。
このまま決着がつくのかどうかもわからない 。
「おい、もうやめろ」
旺太がそう言い、朋樹の肩に手を置いた。
その瞬間、朋樹の体から力が抜ける。
「……本気を出してたんだろ?」
優志が朋樹を見る。
「あぁ。途中からはな。でも、びくともしなかった」
「なんで……?」
「知るかよ、そんなの!」
優志の言葉にイラついたように床を蹴る朋樹。
「優志、実はすごいパワーを持ってるとかじゃないよな?」
旺太が茶化すようにそう聞く。
優志はブンブンと首を左右にふって、それを否定した。
それならどうして、今の勝負が互角だったんだろう?
そう思っていると、朋樹と目があった。
「次はお前が相手だ」
「へ!?」
朋樹の言葉に驚いて目を見開く。
次の相手って、腕相撲の!?
「む、無理だよ!!」
あたしは慌てて後方へと下がる。
「なんでだよ」
「あたし、腕相撲なんてほとんどやったことないもん!」
「ルールくらいは知ってるんだろ?」
「それくらいならわかるけど……」
「それなら問題ない」
そう言い、朋樹はまた椅子に腕を付いた。
本気なの!?
いくらなんでも、あたしに勝てない事なんてないと思う。
それでも朋樹は自分の力を知りたいらしく、あたしをしつこく誘う。
「穂香、少し勝負するだけで満足するだろうから、勝負を受けてくれないか」
旺太がコソッとあたしに耳打ちをしてくる。
うっ……。
本当はやりたくないけれど、この場を仕切ってくれている旺太にそう言われると断ることもできない。
あたしは渋々朋樹に近づき、床に膝をついた。
そして朋樹の手を組んだ瞬間、その大きさに目を見開いた。
想像以上に大きくてゴツゴツしている。
思えばあたしは血の繋がっていない異性と手を握るのは、生まれて初めてかもしれない。
それが朋樹と腕相撲だなんて、なんだか悲しくなってしまう。
泣きそうな気分になった時、旺太の暖かい手があたしと朋樹の手を包み込んだ。
その温もりにドキッとする。
こんな異様な空間の中トキメクなんて、あたしどうかしてる。
気持ちを落ち着かせるため左右に首を振り、そのトキメキを振り払った。
「準備はいいか?」
そう聞かれあたしは「うん」と、頷く。
どうせ瞬殺で負けちゃうんだから、準備もいらないけどね。
そして始まった試合だったけれど……。
……あれ?
あたしは試合直後目をパチクリさせた。
すぐに負けると思ってほとんど力を入れていないのに、自分の腕はびくともしないのだ。
きっと朋樹が手加減しすぎているからだ。
少しは真面目に戦った方がいいのかもしれない。
そう思い、グッと腕に力を込める。
それでも腕はちっとも動かない。
どうせ負けるんだからそこまで手加減しなくていいのに。
そう思い、朋樹を見た。
朋樹は顔を真っ赤にし、呼吸を止めてジッと拳を見つめている。
握りしめている拳は小刻みに震え、まるで本気で勝負しているように見える。
その光景に、他の面々も唖然として口を開けている。
これは一体どういうことなの?
「ダメだ……勝てない……」
朋樹がそう言い、あたしから手を離した。
手のひらにはジットリと汗をかいていて、ベトベトする。
「朋樹、今本気を出していたよね?」
あたしが聞くと、朋樹は頷いた。
ならどうして朋樹はあたしに勝てなかったんだろう?
「見た目ばっかりで弱いんじゃないの?」
愛奈がそう言い、朋樹が睨み付ける。
「俺はアームレスリングの大会で何度か優勝した事があるんだ! 女に負けるわけがねぇんだよ!!!」
「じゃぁなんで負けたのよ。優勝なんて嘘でしょう?」
「なんだと!!」
35 / 222
顔を真っ赤にして怒る朋樹を、優志が止めた。
「俺、君をどこかで見たことがあると思ってたんだ。去年開催されたアームレスリングの大会をテレビで見ていたよ」
優志の言葉に朋樹の怒りが静まって行くのを感じる。
「朋樹は嘘はついていない。なのに決着はつかなかった。俺や澪が体に異変を感じているのと何か関係があるかもしれない」
ようやく本題へと戻り、互いに体に感じる異変を意識し始める。
この空間で、通常には起こりえない何かが起こっている。
そう感じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます