第7話
「やめて!」
優志へ向けられた拳を見て、あたしは思わずそう叫んでいた。
優志は殴られないように腕で顔を覆い、中腰になっている。
「こんな弱そうなヤツ、殴ったりしねぇよ」
「え、そうなの?」
駆け寄ろうとした足を止め、あたしは朋樹を見上げた。
朋樹は呆れたような顔をしていて、本当に危害を加えるつもりはなさそうだ。
なんだ、それならよかった。
そう思い、一旦は胸をなで下ろす。
しかし、「腕相撲で勝負しようぜ」朋樹の言葉に、あたしは目を丸くした。
朋樹の腕は優志の倍くらいの太さがあり、筋肉が盛り上がっているのがわかる。
腕相撲で勝負しなくても、勝敗は目に見えている。
「な、なんで俺がそんな事しなきゃいけないんだ」
「自分の力が通常通りあるかどうか試すためだ」
「そんな……」
優志の顔はサッと青ざめる。
朋樹に本気を出されたら優志なんてひとたまりもないだろう。
「心配するな、ちゃんと手加減はしてやるから」
そう言いながら、朋樹はパキパキと指を鳴らす。
手加減をすると言われても、怖すぎる。
優志はオロオロとあたしたちに救いの視線を求めている。
「それなら俺が相手になろう」
そう言ったのは、やっぱり旺太だった。
旺太は特におびえた様子もなく、腕まくりをした。
そんな旺太にあたしは目を見開く。
旺太は優志よりも筋肉がありそうだけれど、それでも朋樹に比べれば一般男性並みだ。
それでも腕相撲をする気満々な旺太に対し、朋樹は首を振った。
「いや、お前はいい」
「は? なんでだよ」
旺太はキョトンとして聞き返す。
「この弱そうなヤツで勝てるかどうか、試したい」
「そ、そんなの勝てるに決まってるじゃない!」
思わず、あたしはそう言っていた。
優志があたしの言葉に少しさみしそうな顔を浮かべる。
優志には申し訳ないけれど、怪我をしてしまうかもしれないような事はしてほしくない。
「あたしも、穂香の意見に賛成。イジメみたいなことしないでよガキじゃないんだから」
座ったままの状態で愛奈がそう言った。
その瞬間、自分の胸がドクンッと大きく跳ねるのを感じていた。
一瞬にして背中に嫌な汗をかき、呼吸が乱れる。
思わず、近くの椅子に座った。
どうしたんだろう?
さっきの愛奈の言葉、なにかすごく嫌な感じがした。
だけどそれがなんなのかわからなくて、あたしは大きく深呼吸を繰り返した。
「手加減するって言ってんだろ。ほら、やるぞ」
朋樹がそう言い、椅子をテーブルの代わりにして腕を乗せた。
下がフワフワだとまともな勝負にはならないだろう。
朋樹は最初から真剣勝負をするつもりじゃなかったみたいだ。
そうとわかると安心だけれど、優志は相変わらず青い顔をしている。
「……わかったよ」
渋々、優志が腕まくりをして椅子に腕を置いた。
2人とも中腰の状態だから、それだけでもきつそうに見える。
「誰か、レフリーしてくれ」
朋樹に言われ、旺太が2人の横に立った。
「2人ともやりすぎるなよ」
その言葉は主に朋樹に投げかけられているものだった。
そして、朋樹と優志が手を組む。
近づくと、その太さの違いが余計に際立つ。
優志の腕は今にも折れてしまいそうなくらいに細い。
澪と腕相撲した方が対等な試合ができるんじゃないかと思ってしまう。
旺太が組まれた手の上に自分の手を添える。
「行くぞ、2人とも」
「あぁ」
朋樹が頷き、優志は恐怖で強く目を閉じた。
そして、旺太が試合開始の声を上げたのだった。
当然、結果はすぐに決まる。
数十秒ももたないだろう。
誰もがそう思っていた。
でも……。
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