第37話~旺太side~

穂香が電車の窓から出て行って一体どのくらい時間が経過しただろうか。



俺は愛奈の血の匂いがする車内で茫然と立ち尽くしていた。



どして俺はなにも思い出さないんだ?



穂香は俺が純粋だからだと言った。



その意味も、俺にはさっぱりわからなかった。



俺は自分が書いた床の文字に目を向けた。



《1人は助け》



これがきっと、俺の事をさしている言葉になる。



でも、その意味がどう頑張って考えてみてもわからないのだ。



その時だった。



ドシャッ! と何かがぶつかる音が窓の方から聞こえてきて、俺はビクッと身を縮めた。



恐る恐る窓へと視線を向ける。



そこには、折り重なるようにして穂香の体が降ってきていた。



みんな、もう顔も体も原型をとどめていなくて、その服だけで判断するしかない状態だった。



「穂香……」



俺は窓から視線を逸らした。



みんな、あまりにもむごい死に方だ。



ほんとうに、これはさっきまで一緒にいたメンバーなんだろうか?



そう疑いたくなるような光景。



本当はみんな外へ出て、助けを呼んできてくれているんじゃないか。



そんな淡い期待を抱いてみる。



しかし、目の前で死んでいった愛奈の死体を見ていると、それも打ち消されてしまった。



俺は近くの椅子に脱力して座り込んでしまった。



とうとう俺1人になってしまった。



これからどうすればいいんだろう?



そう思い、開いている窓へと視線を向ける。



俺も、みんなと同じようにあそこから出るしかないんだろうか?



それは死ぬ事を意味している。



俺にはまだ……その覚悟はない。



俺は自分の頭を抱え呻き声を上げた。



ここに来てから次から次へといろんな事が起こり、頭の中が全然整理されていない。



「この空間はなんなんだ!?」



思わず声を張り上げる。



今まで我慢していたものが全部一気にあふれ出そうな衝動に駆られる。



大声で叫び、電車内にあるものをすべて破壊してしまいたい。



そんな、暴力的な感情だ。



その感情をグッと奥へと押し込めるため、俺は目を閉じて深呼吸を繰り返した。



少し落ち着き、そっと目を開ける。



床が目に入り、その視界の中に黒いスーツが入り込んできた。



何の物音もたてず目の前に現れたその男に、俺はハッとして顔を上げた。



「お前……」



俺は小さく呟く。



車掌は無表情のまま、俺を見下ろしている。



ハッと気が付いて前の車両へと続くドアを見て見ると、そこは開け放たれていた。



俺は視線を車掌へと戻した。



「俺は、ここから出たい」



会話ができるかどうかわからなかったが、なにもしないよりはいい。



俺はダメ元で話しかけてみた。



すると、車掌が深くかぶっていた帽子を浅くかぶりなおしたのだ。



今まで見えていなかった目元が見える。



その目は真っ白で、黒目がない。



ギョロリと大きく見開かれた白目で見つめられて、俺は「うっ……」と、小さく声を漏らした。



「出る事はできない」



白目をこちらへ向け、響く声でそう答えた。



会話ができる事がわかると、少し安心する。



しかし、この目と声で不気味さは加速するばかりだ。



俺は唾を飲み込んだ。



「俺はこの中で、何をすればいい?」



「償いだ」



「償い……?」



俺は眉をよせて聞き返す。



確か朋樹もそんな事を言っていた。



「『残り30はお前たちの償い』」



「その通り」



車掌は深く頷く。



「どういう……ことだ?」



俺はますますわからない。



俺は、こんな理不尽な償いをさせられる覚えなんてない。



ここにいたメンバーだって、そこまで悪い奴らだとは思えない。



特に、穂香や澪、それに優志なんて虫も殺せないような奴らに見える。



「お前にはその必要がない。だから記憶は戻らない」



「は……?」



俺は車掌の言葉に目を見開いた。



俺にはその必要がない?



必要がないのなら、どうしてこんな所にいるんだ?



ますますわからなくなり、俺の頭は混乱する。



「すべてを見せてやる。ついてこい」



そう言われ、俺はゴクリと唾を飲み込み立ち上がったのだった。

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