第49話

女性は買い物袋をキッチンのテーブルに置くと、袋からチョコレートを取りだし澪の仏壇に添えて手を合わせた。



そして忙しそうに料理を始める。



こんな時間から食事か?



時刻は夜の20時だ。



そういえば、こんな時間なのにこの部屋には誰もいない様子だった。



その時玄関が開く音が聞こえて来て2人分の足音が聞こえて来た。



「ただいま美羽」



「おかえりお母さん、お父さん。ご飯すぐできるから」



「ありがとう。お風呂洗うから」



「うん」



「美羽、仕事の方はどうだ?」



「順調だよ」



「そうか、澪がいなくなって家の仕事も増えたけれど、順調ならそれでいい」



そう言いながら、パソコンを広げて仕事を始める父親。



なんだか見ていてとても忙しそうな家族だ。



自分の時とは違い、みんなそれぞれ日常生活を変わりなく送って行く。



その光景に俺は瞬きを繰り返した。



「お風呂、今ためてるから。明日も早いから早く寝なきゃね」



そう言う母親は帰ってきてから一度も澪の遺影を見ていない。



だけど、きっと悲しんでいないわけではないのだろう。



澪の遺影の前には沢山の花が飾られている。



忙しくて振り返る暇がないのかもしれない。



「母さん、澪にご飯あげて」



そう言い、美羽さんが小鉢にご飯とおかずを乗せる。



「え……えぇ」



少し困惑した顔を浮かべながら、それを受け取った母親はようやく澪の遺影の前にやって来た。



そして遺影を見た瞬間、その表情が一瞬にして苦痛に歪んだのだ。



手が震え、小鉢をうまく置く事もできない。



「母さん、大丈夫?」



慌てて美羽さんが駆け寄ってくる。



「大丈夫よ……」



鼻をすすり、背筋を伸ばす。



「泣いている暇なんてないもの。お仕事忙しいんだから」



「そうだね。障害者を救う会が軌道に乗ってくるまで、我慢しなきゃ」



そう言い、2人で澪の遺影を見つめる。



障害者を救う会か……。



俺はそう思い、松葉づえをついて微笑んでいる遺影の中の澪を見つめたのだった。



会わせてやりたい~旺太side~


人が亡くなった事をバネにして、新しい事にチャレンジする人もいる。



それがわかった俺は次は優志の所へと向かっていた。



優志の顔を思い浮かべると、気が付けばお墓の前に立っていた。



綺麗に手入れされているお墓で、昼間なら随分と日当たりのいい場所だ。



その中に、1人の女性が墓石にすがりつくようにして座りこんで眠っているのが見えた。



暗くてその顔はハッキリとは見えないが、赤いチェック柄のエプロンをつけている。



もしかして、あれは優志の母親なんじゃないだろうか?



エプロンを付けていることでそう思った俺は、そっと近づいてみた。



近くでよく見ると、目元が優志と似ているのがわかった。



こんな所で眠っていたら風邪をひくだろう。



そう思って周囲を見回すが、周囲に人影はない。



1人でここに来たのかもしれない。



俺はどうすることもできず、その場に立ちつくしていた。



寝息を立てるその人は時折優志の名前を呼び、そして涙を流した。



寝ている間もこんなに悲しみ、安らぐ時間がもてないなんて……。



俺はグッと拳を握りしめた。



優志に会わせてやりたい。



そんな気持ちが湧いてくるのを感じる。



そしてふと思いついた。



空中へ目をやり「おい、出て来てくれ!」と、声を上げる。



しかし空中からはなんの返事もない。



「おい! 見てるんだろ!?」



もう一度声をかけると、黒スーツの車掌が闇の中に浮かんで姿を現した。



「1つ、お願いがあるだ」



「なんだ?」



「優志をここへ連れて来てほしい」



俺の言葉に車掌は無言のまま首を左右に振った。



「なんでだよ!?」



「あの子は、今日はもう消えている」



そう言われ、俺は優志が窓の外へ出た光景を思い出していた。



「明日になればここへ連れてこられるのか?」



「その可能性は低い」



「なんでだよ!?」



こんな場所で1人で泣いている母親を、放置なんてできるわけがない。



俺がここにいることができるなら、優志だってできて当たり前だ。



そして俺とマリのように夢として通じ合う事も出来るかもしれないのに。


「この場所へ来られるのは最後まで残った子だけだ」



「……俺の事か?」



「そうだ。苦しむ必要のある子は必ず途中で消えていく」



「でも! 澪や優志は悪い事をして死んだわけじゃないだろ!!」



食らいつく俺に、車掌は見下したような視線を投げかけて来た。



「親より死ぬということは、重罪に当たる。お前の場合は人の命を助けているから特別なだけだ」



「……っ!」



どんな理由で死んだって苦しむ必要があるってことかよ。



俺は奥歯を噛みしめた。



確かに、昔から親より先に死ぬことは親不孝で、石山を積まなければならないという言い伝えもあるくらいだ。



「お前たちは49日後必ず成仏できる。それまで我慢するだけだ」



そう言い、車掌は姿を消したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る