第48話
「だって、夢の中では一番会いたい人に会えるんだもん」
そう言い、マリは上半身を起こした。
「そう、なんだ……」
一番会いたい人。
という言葉にドキッとしてしまう。
「ずっとあなたにお礼が言いたかった。夢の中でもいいから会わせてくださいって、何度も神様にお願いしたのよ」
そう言い、マリが手を差し伸べてくる。
咄嗟に俺はマリへと手を伸ばしていた。
触れ合う事のない手と手。
しかし、近づいた瞬間マリのぬくもりを感じていた。
「とても暖かな手をしているね」
そう言うと、マリは少し首を傾げた。
「あなたもよ?」
「俺も?」
「うん」
頷くマリの頬に、一筋の涙が流れた。
その涙に困惑していると、マリがそっと俺に近づいた。
距離がグッと近くなる。
「……ごめんなさい。あたしのせいで……」
「……大丈夫だよ」
俺は嘘をついた。
本当は全然大丈夫じゃない。
俺の未来はなくなり、そして大切な人たちの未来も大きく変えてしまった。
俺はマリの背中に両手を回した。
そして、強く抱きしめる。
触れていないはずなのに、マリの体は俺に引き寄せられた。
「生きていれば、あたしきっとあなたを好きになってた」
ずっと見ていた。
憧れていた女性からの告白。
死ぬほど嬉しいはずなのに、俺の胸は切なさで張り裂けそうになっていた。
マリにとってこれはただの夢だ。
目が覚めればいつも通りの日常に戻ってしまう。
「俺は、ずっと前から君を見ていた」
もしかしたら、マリの事が好きだったのかもしれない。
でもそれは言わなかった。
親友と家族を見てよくわかった事が1つだけある。
一番大切なのは、日常生活を取り戻すことだ。
当たり前の事が当たり前にできる生活。
追いかけていた夢をまた追いかけられるようになること。
化粧をして出かけること。
仕事を頑張ること。
無理せず、人に頼ること。
それが、一番大切なことだ。
俺はマリ体をそっと引き離した。
「君はきっと大丈夫。俺なんかの為に泣かないで、俺なんかの為に立ち止まらないで」
そう言い、頬に流れる涙を指先で拭った。
「待って。1つだけ聞かせて」
そう言われ、俺はマリを見た。
「あなたはあたしの事が好きだった……?」
マリの言葉に俺は一瞬言葉に詰まった。
好きだと言いたかった。
君と一緒に生きてみたかった。
「……いいや、好きじゃない」
俺の言葉を聞いた瞬間マリの表情が曇った。
「君は綺麗だから、男からきっと誰もが君に振り返るだろうね。だけどそれは好きとは違う」
「……そう……」
沈んだ表情のマリに胸がチクリと痛む。
俺は時計に目を落とした。
時間は残り2時間。
「じゃぁね。もしかしたら明日また来て、名前を聞くかもしれない」
「え?」
「俺は忘れっぽいんだ」
そう言い、俺は微笑んだのだった。
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残り2時間~旺太side~
残り時間を使って、俺は電車に乗っているメンバーの周辺を見てみる事にした。
といっても死んでしまった本人しか知らないから、思い浮かべるのはその顔しかない。
死んだ人間の顔を思い浮かべるとあの電車に戻ってしまうかもしれないと一瞬ためらったが、どうせ明日にはまた戻っているのだ。
ここで躊躇して残りの時間を無駄に過ごすよりは、なにか行動した方がいい。
そう思い、俺はまず澪の顔を思い浮かべたのだった。
グルグルと景色がめぐり、そしてたどり着いた先は部屋の中だった。
リビングダイニングになっている部屋の中、小さな仏壇が目に入った。
そこには澪の遺影が飾られている。
「ここは澪の家か……」
見回して見ると、ここがマンションだと言う事がわかる。
大きな窓に近づいてみると、建物が小さく見えた。
この部屋はマンションの何階にあたるんだろう?
そんな事を考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえて来た。
思わずどこかへ隠れようとするが、その必要はないのだと思いだす。
人の家に勝手に上がり込んでいる感じがして、ばつが悪いがそのままでいる事にした。
玄関を開けて入って来たのは若くて澪にそっくりな女性だった。
澪のお姉さんかもしれない。
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