第15話

「嘘でしょ……!」



あたしはその場から身を離して呟いた。



優志は窓に近づいただけだった。



それが、何者かによって闇の中へと引き込まれて行ったのだ。



「みんな、窓から離れろ!」



旺太が叫ぶ。



みんなその声にはじかれるようにして、車両の前へと移動した。



「なによ、一体どうなったっていうの!?」



愛奈が青い顔をして叫ぶ。



そんなの。ここにいる全員が知りたい事だ。



「闇の中に何かがいるのかもしれないな」



朋樹が言う。



「何かって、何よ!?」



「知らねぇよ! でも、人間を引きずり込む何かがいる!」



朋樹の意見に、あたしも賛成だった。



優志の引きずり込んだ何かが、外にいる。



でもそれは生き物なのかなんなのかは、わからなかった。



生き物だとしても、きっとあたしたちが見たこともない化け物に違いない。



あたしと旺太はジッと開いている窓を見つめていた。



外には相変わらず暗闇が続いていて、何も気配は感じない。



電車内に化け物が入って来る様子はない。



「また……振って来るの?」



愛奈が震える声でそう言った。



誰に向けてきいているのかはわからないけれど、この表情を見ると答えを欲しがっているように見えた。



「……わからないね」



あたしは左右に首をふってそう答えた。



なるべく視界に入れないようにしていた澪の死体を、嫌でも見てしまう。



澪の死体は重力に逆らったままの状態で、窓の外にある。



頭蓋骨がひび割れその間から流れ出るピンク色の脳味噌が、車内の電気に照らされてヌラヌラときらめいて見える。



その時だった、突然愛奈が朋樹の胸倉をつかんだのだ。



咄嗟の事で、あたしも旺太も動く事ができなかった。



愛奈はジッと朋樹を睨み付けている。



「なんだよ、お前……!」



朋樹は愛奈の腕を振りほどこうとする。



しかし、この空間は力が平等になっているから簡単には引き離す事ができない。



「澪が死んだのはあんたのせいでしょ!!」



愛奈が叫ぶ。



「はぁ? 何言ってんだよお前!」



「だって、窓を開けたのはあんたじゃん!! 窓さえ開けなかったら澪は死んでなかったでしょ!!」



そう言い、愛奈は朋樹の体を壁に押し付けた。



ドンッと音がして、朋樹がむせこむ。



「なにすんだよテメェ!!」



顔を真っ赤にした朋樹が愛奈に殴りかかった。



頬を打つ音が響く。



「やめて!!」



あたしは叫び、もみくちゃになる2人の間に入る。



しかし、2人はあたしの事なんて見えていないようで、罵詈雑言を浴びせあっている。



焦る気持ちとは裏腹に、胸の中に腹立たしさを感じている自分がいた。



喧嘩はよくない。



喧嘩をしている場合でもない。



それなのに、あたしの胸の奥にはムカムカとした黒い感情が生まれてくる。



あたしは自分のそんな感情に戸惑っていた。



普段から喧嘩をしたことなんてないし、学校では大人しい方だ。



こんな攻撃的な感情を持ったことは、今までに一度もない。



「やめろ」



低い声が聞こえ、2人の公論が止んだ。



見ると、旺太が2人を睨み付けているのがわかった。



「お前たちが喧嘩をすると、こっちまで感情を乱される」



「はぁ? どういうことだよ、それ」



朋樹が旺太を睨み付ける。



「もしかしたら、この空間では感情も共有される部分があるのかもしれない」



旺太の言葉にあたしは目を見開いた。



「で、でも。ここに来てから今までそんな事なかったよ?」



あたしが言うと、旺太は静かに頷いた。



「そうだよな。でも、実際に俺は今お前らを殴りたいと思ってる。普段は喧嘩している奴らを見るとすごく嫌な気持ちになって止めに入ってた。



でも、今は違うんだ」



「もしかして、あたしたちの関係が崩れるように仕組まれているとか?」



あたしは、ふと思ったことをそのまま口に出していた。



あたしたちを実験台にしている人や、ゲームとして楽しんでいる人のために、混乱が起きるように仕組まれているのかもしれない。



このイラつきも、もしかしたら知らないうちに暗示でもかけられているのかもしれない。



「もし穂香の言う通りこれが仕組まれた感情なら、踊らされるわけにはいかない」



旺太がそう言った。



「見ている誰かを楽しませるような事だけは避けよう」



旺太の言葉に2人はようやく落ち着きを取り戻したのだった。

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