第45話~旺太side~

俺がいくら「大丈夫だから」とか「頑張ってくれよ」と声をかけても、その声は安田には届かなかった。



安田は俺がいない事を苦しみ夢まで諦めかけているのに、俺にはなにもできなかった。



悔しくて、自然と拳を握りしめる。



死んだ俺はなんて無力なんだろう。



変わってしまった親友に肩を落としたまま、俺は安田の家を出た。



陽はすっかり暮れていて、俺は時計に目をやった。



時刻は17時30分を差している。



残り時間は6時間30分。



野球の試合が終わるのを待っていたから随分と時間が経過してしまった。



俺はすぐに目を閉じ、自分の家を思い浮かべたのだった。



目をあけると、そこは自分の家の目の前だった。



見慣れた家にホッと胸をなで下ろす。



随分と長い事帰っていなかったような感覚がある。



やっと帰ってこられた。



そんな安心感に包まれたまま、玄関を通過した。



入った瞬間、家庭どくとくの香りがして俺は自然と顔をほころばせていた。



この香り、懐かしい。



そのまままっすぐ自分の部屋へ入ると、最後に出かけたままの状態がそこにあった。



読みかけの漫画。



脱いだパジャマ。



まるで、ついさっき部屋から出て来たような気分になる。



「少しも手つかずなんだな……」



俺はそう呟き、部屋の中を見回した。



小学生の頃、ひいじいちゃんが死んだ時に遺品整理をしていた事を思いだす。



じいちゃんが持っていた物を片づけ、いらない物は捨てる。



それがこれから行われるのだと思うと、寂しくて、そして少し恥ずかしい気持ちになった。



自分の隠していた物がすべて浮き彫りになると考えると、顔を覆い隠してしまいたくなる。



俺は自分の部屋から出て1階のリビングへと向かった。



今の時間は両親とも帰って来ているから、リビングからはテレビの音が聞こえている。



久しぶりに会う両親にドアの前で一旦立ち止まった。



相手には見えないし両親が相手だというのに、緊張している自分がいる。



俺はその場で何度か深呼吸をして、ドアを通過した。



リビングに入った瞬間、重たい空気がその部屋に立ちこめているのを肌で感じていた。



両親はソファに座ってテレビを見ているが、その目はテレビを見ていないことがわかった。



一体どうしたんだろう?



そう思い不安になった時、テーブルの上に俺の写真が置かれていることに気が付いた。



俺が生まれてから撮って来たアルバム3冊分がそこにある。



両親の視線はそのアルバムへと注がれているのだ。



両親は無言のまま俺の写真を見つめていて、時折小さくため息をはいていた。



その顔はすごく疲れていて、たった19日しか経っていないのにかなり老けこんでいる。



「おい、大丈夫かよ」



心配になり声をかける。



けれど、もちろん両親に俺の声は届かない。



2人の目の下のクマはひどくて、ろくに眠れていないのだと言う事もうかがえた。



母親は化粧もしておらず、いつも綺麗だったあの姿はどこにもない。



その原因は言われなくてもわかっていた。



俺のせいだ。



俺が、死んだから……。



親友だけでなく、両親の生活も一変してしまっている。



時間が経てば心の傷は癒えていくかもしれないけれど、それって一体いつだ?



いつまで、安田や両親はこのままなんだ?



こんな状態の両親を見て平気でいられるはずがなかった。



俺は父親の肩に手を伸ばしていた。



しかし、その手はすり抜ける。



「なぁ親父、そんなつらそうな顔すんなよ」



震える声でそう言う。



「母さんも、ちゃんと化粧をすればすっげぇ美人なんだからさ」



それでも、2人は俺の写真に視線を落したまま動かない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る