第44話~旺太side~
気が付けば、俺は河川敷に立っていた。
目の前に広がる河と大きなグラウンド。
そのグラウンドでは藍色のユニフォームを着たチームと赤色のユニフォームを着たチームで野球が行われていた。
俺の目は視線と藍色のチームへと向けられる。
あのユニフォームは松木高校野球部のユニフォームだ。
安田が何度も袖を通し、ドロドロになって練習していた場面が思い出される。
「今日は練習試合だったのか……」
呟き、広場へと足をすすめる俺。
計18人の野球部たちが真剣な表情で守備位置に付いている。
俺はまっすぐにバッターの方へ向かって歩いていた。
藍色のユニフォームを着た安田がピッチャーを睨みつけるようにしてその場に立っていた。
何回見ても、この時の安田はカッコイイと俺は思う。
普段はふざけたキャラクターをしているけれど、野球になると途端に変わるのが安田だ。
本気でプロを目指していると聞いた時、目の色が変わる理由もわかった気がした。
俺にはそんな夢はなかったから、安田の事を本当にすごいヤツなんだと思っていた。
その時、ピッシャーが投げた球が俺の体をすり抜けて安田へと飛んで行った。
安田はバッドを振る。
しかし、ボールはそのままキャッチャーのグローブへと吸い込まれて行った。
「ストライク!」
審判の声が飛ぶ。
俺はその光景を唖然として見ていた。
どうした?
こんな玉、お前なら余裕だったじゃないか。
安田の顔が苦しげに歪み、野球部の監督がため息をはいたのを見た。
「ツーストライク!」
うそだろ安田。
赤いユニフォームの相手はうちの学校よりも格下で、余裕で勝てる相手だ。
俺は野球の事はよくわからないけれど、安田がそう言っていたから覚えているんだ。
「バッターアウト!!」
審判の声が広場に響く。
「安田はもうダメかもしれないな」
どこからともなく、そんな声が聞こえて来た……。
☆☆☆
それからの試合は散々な結果で終わった。
エース安田の不調が他のメンバーにも伝染したかのように、ミスを連発し、結局松木高校野球部は一点も取れないまま練習試合を終えたのだ。
こんなのは……ありえない。
俺はうなだれる安田について帰ってきていた。
他にも確認したい場所はあったけれど、ここまで急速に落ちぶれてしまった安田の事が気がかりだった。
家に帰ると安田は両親に挨拶もせず、まっすぐ自分の部屋に入るとカギをかけてしまった。
そのドアをすり抜けて中へ入ると、野球雑誌が床に散乱し県で優勝した試合の表彰状がビリビリに破られているのが目に入った。
「安田、どうしたんだよこれ!」
思わず声をかける。
しかし、安田に俺の声なんて聞こえない。
破られた表彰状をかき集めようとかがみこむが、それに触れる事さえできなかった。
安田はユニフォームを脱ぎ捨てると、そのままベッドへもぐりこんでしまった。
汗をかいて泥だらけの状態なのに、全く気にしていない様子だ。
違う。
こんなの、俺の知っている安田じゃない。
俺は苦い思いで安田を見つめた。
俺が死んでから一体なにがあったんだ?
たった19日間でこんなに変わってしまうなんて、よほどの事があったに違いない。
そう思った時だった、
安田が、小さく呟いたんだ。
「なんで死んだんだよ旺太。お前がいなきゃ、調子でねーよ……」
と……。
俺は唖然として安田を見ていた。
もしかして、安田が野球をできなくなったのは俺が死んでしまったからなのか?
そう思うとドクンッと心臓が跳ねた。
今のままの安田じゃプロの道は厳しい。
その原因が、俺にある……?
「安田……」
聞こえていないとわかっていても、俺はベッドの中の安田に声をかけずにはいられなかった。
「ごめん、安田。俺が死ぬ事でお前がこんなになってるなんて、思いもしなかった」
ベッドの中からはすすり泣きの声が聞こえてくる。
お前はもう野球をやめてしまうのか?
あんなに好きだったのに。
夢だって言っていたのに。
俺は散乱した部屋を見つめた。
俺は、お前の人生まで壊してしまったんだろうか……。
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