第52話

ドアの向こうには四畳半の狭い部屋が広がっていた。



部屋には天井付近に細長く小さな窓があり、そこが開け放たれたままになっていた。



そこから差し込む日差しが部屋の床にできた黒いシミを浮かび上がらせていた。



「愛奈……ここで苦しんでいたのか……?」



舌から血を流し、苦しんでいた愛奈を思いだす。



愛奈はきっとこの部屋で殺されたのだろう。



壁にはべっとりと血の後がついていて、もがき苦しんだ時の血の手形が床にはあった。



その場面を想像するだけで胸が苦しくなり、涙が浮かんでくる。



朋樹も愛奈も、どうしてこんな死に方をしなきゃいけなかったんだろう。



自分とはあまりに違う生き方に、呼吸さえ苦しくなってくる。



自分がどれだけ恵まれた環境で生きてきたのか、それを、こんな残酷な形で知る事になるなんて……。



どうして俺は生きている内に幸せだと気が付くことができなかったんだろう。



すごく悔しくて、唇をかみしめた。



その時だった。



足元から冷たい空気が上がってきている事に気が付いた。



「なんだ……?」



そう呟き、移動する。



血の色が濃い方へと移動するとその冷気は強くなっているようだ。



まさか……。



俺はかがみこみ、壁際の床にそっと手を触れた。



手はスッと床を通り抜け、俺は体ごと床下へと移動していた。



真っ暗でほとんど明かりがない床下に、愛奈はいた。



見開かれた目はジッと部屋の床を睨みつけていて、眉はつり上がっている。



愛奈の手は空中へと延びていて、爪が剥がれて血まみれになっているのがわかった。



嘘だろ……。



俺は愛奈の視線を追って床の板へと視線を移動させた。



するとそこには何度も床をひっかいたような血の後がこびりついていたのだ。



頭部を殴られた愛奈は死んでいなかったんだ!



あれはただ意識を失っている状態だった。



愛奈の体は生きたまま床下に閉じ込められ、出る事もできずに死んで行ったんだ。



そして、その後母親も自殺した……。



あまりにも惨状で呼吸もできなくなった俺はきつく目を閉じていた。



もういい。



もうここにはいたくない。



俺の心は、悲鳴を上げていた。

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